記事・インタビュー
はじめに
前回まではResuscitationの輸液として、重症患者の輸液をお伝えしてきました。今回は少し視点を変えて、「無視されがち」な、でも重症患者はもちろん、入院患者にもとても多い酸塩基平衡異常である代謝性アルカローシスにフォーカスをあてて、Redistributionの輸液のお話をしていきます。
テーマ予定
シリーズ1. 輸液の適応を3Rで整理する
シリーズ2. 救急外来でのリアルワールド輸液を再考する:Non criticalとCriticalに分類
シリーズ3. Resuscitation:Criticalな患者の輸液総論~“ROSD” 敗血症を例に~
シリーズ4. Resuscitation:敗血症のOptimization phaseをどう乗り切るか?~特に侵襲的モニタリングなし~
シリーズ5. Resuscitation:敗血症のStabilizationやDe-escalation phaseをどうするか?
シリーズ6. Redistribution:あえて代謝性アルカローシスを例に考える※今回
シリーズ7. Redistribution:代謝性アシドーシスを例に考える
シリーズ8. Redistribution:低K血症の補正
シリーズ9. Routine maintenance:Non criticalの急性期維持輸液
シリーズ10. Redistribution:低Na血症の補正を超深掘り
Redistribution:あえて代謝性アルカローシスを例に考える
1) 代謝性アルカローシスはCommon。ICU滞在延長や抜管遅延のリスクになるかも
2) 代謝性アルカローシスは「続く原因」を必ず探そう
3) 代謝性アルカローシスのカギはClとK
改めて、輸液の適応3Rを復習してみましょう
前回までの重症患者の輸液、Resuscitationから打って変わって、今回からRedistributionの輸液の話になります。「Resuscitation?Redistribution?なんだっけ?」と感じた方もご心配なく!一度、輸液の適応3Rの復習を一緒にしていきましょう。
実は英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence:NICE)から輸液のガイドラインが出ています1)。このNICEの輸液ガイドラインにおいて、輸液ではResuscitation、Routine maintenance、Replacement、Redistribution and Reassessmentの5つのポイントが大事だと謳っています。筆者はこれを踏まえ、さらに皆さんにわかりやすくお伝えするために、輸液の適応は3Rで整理しようと提唱しています。①Resuscitation(蘇生) ②Redistribution(補正)③Routine maintenance(維持)の3つです(図1)。
重症患者で循環が崩れている患者さんへの輸液はResuscitation、水分バランスや電解質・pHなどの補正が必要な患者さんへの輸液はRedistribution、ResuscitationでもRedistributionでもないが、食事・水分が口からとれずに状態を維持するための点滴はRoutine maintenanceです。
今回から数回、水分バランスや電解質・pHなどの補正が必要な患者さんへの輸液:Redistributionを扱い、特に今回はpHの異常、酸塩基平衡異常の代謝性アルカローシスについて説明します。
代謝性アルカローシス、Commonなのに無視されがちな電解質異常
さて、皆さんは代謝性アルカローシスを普段の診療で意識していますか?「いやぁ、正直、めったに代謝性アルカローシスに注目しないよ」という読者の方が多いのではないでしょうか?「そもそも、代謝性アルカローシスってそんなに多い?稀なんじゃない?」とお感じの方もいるかもしれません。
しかし、そんな実感とは裏腹に、入院患者の代謝性アルカローシスは頻度が高く、特にICUセッティングでは最も多い酸塩基平衡が代謝性アルカローシスという報告すらあります2)。そして、その臨床的意義は決して小さくはありません。ICU滞在延長のリスクになったり3)、代謝性アルカローシスの代償のために呼吸ドライブが抑えられて人工呼吸器患者の抜管が遅れるリスクになったり、各種不整脈のリスクになったりなど4)、枚挙にいとまがありません。
もっとも、これらはあくまで「リスク」、つまり相関関係であるため、代謝性アルカローシスそのものが「原因」、つまり、因果関係があるかは断定されていません。実際、各種不整脈のリスクは、代謝性アルカローシスの背景になる低カリウム(K)血症や低マグネシウム血症が関与している可能性もあるでしょう4)。少なくとも、筆者は血液ガスをみて代謝性アルカローシスであれば、後述のようにKなどの電解質異常を見落としていないかを意識的に確認し、不整脈が出やすい患者背景であれば、早期に各種補正、Redistributionの輸液を開始しています。また、代謝性アルカローシスと死亡率に関しては議論があり、代謝性アルカローシスが死亡率と関連するという報告5)もあれば、関係がないという報告4)もあります。このあたりはさらなる知見の集積が必要でしょう。どうでしょうか?実は頻度が高い代謝性アルカローシス。原因とまでは断定できないにせよ、ICU長期滞在や抜管の遅れのほか、各種不整脈のリスクになりうるといわれると、「ちょっと注目してみようかな」という気になりませんか?
Commonな代謝性アルカローシス、実はまだ謎が多い?!
そんな頻度の高い代謝性アルカローシスですが、実はその正確な機序はいまだに議論があるところです。有名な仮説はSeldinやRectorが1970年代に出した細胞外液量に注目した理論です(6) 。これは代謝性アルカローシスの原因の1つに細胞外液量の減少:“Contraction”があるとして構築された理論です。多くの本・総説がこのSeldinやRectorの出した理論をもとに解説されています。実際、読者の皆さんも“Contraction alkalosis”という言葉をどこかでお聞きになったことがあるかもしれません。
一方で、細胞外液量の減少が代謝性アルカローシスの本質ではなく、クロール(Cl) が病態の本質であるとする仮説も出てきています7)。個人的にはClに基づいた理論の方がわかりやすく治療戦略もシンプルに考えやすい……とは考えていますが、かなり議論があるところのようです。専門家の中でもいまだに完全な見解の統一がされていない難しい話ゆえ、電解質の研究家ではない私たち一般臨床家は、代謝性アルカローシスの概要をざっくりとらえていれば大きな問題はないと筆者は考えています。そのため、今回は代謝性アルカローシスの厳密な機序の話はあえて避け、概要をイメージでとらえてもらうことに特化します。
代謝性アルカローシスをざっくりとらえる
代謝性アルカローシスの概要をとらえるのに、ぜひ知っておいてほしいことは2つです。①腎臓が正常なら代謝性アルカローシスは生じにくい②代謝性アルカローシスのカギとなる電解質はClとKです。
改めて、代謝性アルカローシスはアルカリの原因となるHCO3が体内に蓄積している状態です。HCO3が体内に蓄積しても、腎臓が正常であればHCO3を排泄し、体内の酸塩基平衡を戻そうとしはじめます。ただ、この「腎臓がHCO3を排泄する力」は極めて大きいことが知られています。つまり、腎臓のHCO3排泄能力が正常であれば、代謝性アルカローシスが生じることは稀です8)。逆にいえば、代謝性アルカローシスが続いているのであれば、腎臓のHCO3排泄能力が落ちる原因が残っているはずです(代謝性アルカローシスの維持因子)。後述の代謝性アルカローシスの治療にも関わってきますが、代謝性アルカローシスをみたら、それが続く原因を必ず探し、その原因を解消する努力が必要です。
また、代謝性アルカローシスのHCO3濃度の上昇は、相対的なCl濃度の減少が深く関わっています。図で見るとイメージしやすいでしょう(図2)8)。
同様に、Kも代謝性アルカローシスのカギとなる電解質です。低K血症は様々な機序、例えば+Kの細胞外への移動とH+との交換、腎臓からのアンモニア排泄の増加、皮質集合管におけるトランスポーターの活性化などで、代謝性アルカローシスを引き起こすことが知られています4)。
原因探索では病歴と尿Clに注目
さて、前項で代謝性アルカローシスはそれが続く原因の検索が大事なことをお伝えしましたが、では、リアルワールドで、代謝性アルカローシスをみつけたらどのように原因検索をすればよいでしょうか?ほとんどの場合は病歴(ここまでの経過、行った処置、使っている薬など)であたりがつけられます。病歴であたりがつけにくい、または検査で確認をとりたいという場合には、スポット尿での尿Clが有用です(図3)4)。
なお、利尿薬という項目が、尿Clが低い場合にも高い場合にも含まれていますが、これは利尿薬の特性によるものです。通常、利尿薬が効いている時間帯では、尿Clは増加しますが、効いていない時間帯では尿Clが低下するという日内変動が生じることが知られています。一方、Bartter症候群などの尿細管疾患や原発性アルドステロン症などの内分泌疾患の場合は、「利尿剤オフ時間」のようなものがないため、持続的に尿中Clが高い状態が続きます。なお、蛇足ですが、この特性を利用して、やせている患者さんの原因不明の代謝性アルカローシスでは、1日の間に複数回の尿Clを測定し、尿Clの変動が激しい場合は、隠れて利尿薬を使っていることを疑うことができます。
治療:尿Cl低下パターンの代謝性アルカローシスに特化して
尿Clで原因のあたりをつけたところで、いざ、代謝性アルカローシスの補正に入りましょう。特に今回は病棟でより頻度の高い尿Cl低下パターンの代謝性アルカローシス(=Cl depletion alkalosis≒Contraction alkalosis)に焦点をあてます。
一般的に代謝性アルカローシスをいつから補正を開始すべきかのコンセンサスはありません。pH>7.55であれば積極的に補正する4)とする文献がありますが、筆者個人はその手前からちびちびと補正を開始することを好みます。転ばぬ先の杖、大きく補正しなければならないほど乱れる前に補正を開始する方が、早くあっさり補正できるためです。
原因がかった場合はまず原因の除去を試みます。例えば、嘔吐による胃液の喪失であれば、制吐薬で嘔吐を減らす努力をします。経鼻胃管でドレナージであれば、そのドレナージが終了できないかを考えてみます。どうしても経鼻胃管でのドレナージが終了できない場合は、プロトンポンプ阻害薬で酸分泌を阻害することで、H+の喪失を減らす試み 9)も考慮します。
そして、尿Cl低下パターンであれば、輸液でのClの補充を積極的に考えます。具体的にはメイン輸液に生食を使います。意外に知られていませんが、Na濃度に比してCl濃度の高い輸液:カチオンギャップアミノ酸(アミノレバン®)が 有効という報告もあります10)。そして代謝性アルカローシスの多くに低K血症が合併しているため、K補充という意味でも、Cl補充という意味でも積極的に輸液にKCl混注を考えます。
筆者は、末梢静脈からの補正の場合、生食500mL+KClを1キット溶解した輸液を患者さんの状態に合わせて40~100mL/h程度で使うことが多いです。あるいは肝硬変患者さんでの代謝性アルカローシスでは意識的に高カチオンギャップアミノ酸の輸液を使用します。一方で、心不全の利尿薬使用中の代謝性アルカローシスなど、生食などの輸液が使えないケースもあるでしょう。当然その場合には、代謝性アルカローシスの原因となる利尿薬の中止も難しいことが一般的です。そのような場合は、アセタゾラミド(ダイアモックス® )を積極的に使います。HCO3の排泄を増やしながら利尿をかけることができる唯一の利尿薬がアセタゾラミドであり、この状況では極めて重宝します。ただし、アセタゾラミド自体で低K血症が進行し、思ったより代謝性アルカローシスが改善しないことがよくあります。そのため、積極的にKを補充しながらアセタゾラミドを使用する8)ことを筆者は好んで実施します。
終わりに
いかがだったでしょうか?Commonなのに無視されがちな代謝性アルカローシス。なるべく難しい機序のお話は避けて、実臨床でのコツに特化してお伝えしました。ぜひ、尿Clを積極的に測ってみたり、意識的にClやKの補充の輸液をしてみたり、あるいはアセタゾラミドを使ってみてください。きっと代謝性アルカローシスがコントロールでき、早くにpHやHCO3などの数値が安定する実感をもっていただけると思います。読者の皆さんに「酸塩基平衡も面白い!」と感じていただければ幸いです。
さて、次回は酸塩基平衡の双璧の2つ目、代謝性アシドーシスを扱っていきます。お楽しみに!
<参考文献>
1)Padhi S, Bullock I, Li L, Stroud M, National Institute for Health and Care Excellence (NICE) Guideline Development Group. Intravenous fluid therapy for adults in hospital: summary of NICE guidance. BMJ. 2013 Dec;347:f7073.
2)Mæhle K, Haug B, Flaatten H, Nielsen E. Metabolic alkalosis is the most common acid-base disorder in ICU patients. Crit Care Lond Engl. 2014 Mar;18(2):420.
3)Kreü S, Jazrawi A, Miller J, Baigi A, Chew M. Alkalosis in Critically Ill Patients with Severe Sepsis and Septic Shock. PloS One. 2017;12(1):e0168563.
4)Achanti A, Szerlip HM. Acid-Base Disorders in the Critically Ill Patient. Clin J Am Soc Nephrol. 2023 Jan;18(1):102–12.
5)Webster NR, Kulkarni V. Metabolic alkalosis in the critically ill. Crit Rev Clin Lab Sci. 1999 Oct;36(5):497–510.
6)Symposium on acid-base homeostasis. The generation and maintenance of metabolic alkalosis – PubMed [Internet]. [cited 2023 May 13]. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4600132/
7)Luke RG, Galla JH. It Is Chloride Depletion Alkalosis, Not Contraction Alkalosis. J Am Soc Nephrol JASN. 2012 Feb;23(2):204–7.
8)Emmett M. Metabolic Alkalosis : A Brief Pathophysiologic Review. Clin J Am Soc Nephrol CJASN. 2020 Dec 7;15(12):1848–56.
9)Eiro M, Katoh T, Watanabe T. Use of a proton-pump inhibitor for metabolic disturbances associated with anorexia nervosa. N Engl J Med. 2002 Jan;346(2):140.
10)Ryuge A, Matsui K, Shibagaki Y. Hyponatremic Chloride-depletion Metabolic Alkalosis Successfully Treated with High Cation-gap Amino Acid. Intern Med Tokyo Jpn. 2016;55(13):1765–7.
<プロフィール>
柴﨑 俊一(しばざき・しゅんいち)
ひたちなか総合病院 総合内科
2010年、筑波大学医学専門学群医学類を卒業。諏訪中央病院にて初期研修を経て、2012年に同病院内科研修医。
その後、名古屋第二赤十字病院腎臓内科にて国内留学、諏訪中央病院にて腎臓・糖尿病内科/総合内科として勤務後に2017年から現職。
個人としては”日本の墨子”を目指し、組織としては、茨城1愛ある診療を目標にかかげる。市中病院改革:特に教育改革、ボトムアップ型組織マネジメントを進めている。
柴﨑 俊一
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