記事・インタビュー
東北大学大学院 血液免疫病学分野教授
張替 秀郎
3月11日、東日本大震災の発災直後に立ち上がった東北大学病院災害対策本部の重要な課題は、通常診療の速やかな復旧、救急患者の診療、被災地の医療支援であった。
すべての診療科のコアスタッフが参加する災害対策本部会議は朝夕二回開催され、これらの課題に対する対応策を協議した。会議での議論は常に建設的、協力的であり、決定は速やかに実施された。被災地の医療を支援するために、震災後3日目から拠点病院へのマイクロバスの定期運航を開始し、物資とともに連日30名以上の医師を派遣した。また、避難所へは大型バスで医師、コメディカルスタッフからなる診療チームを派遣した。
東北大学病院自身の診療についても発災直後からトリアージエリアを設置し、受診するすべての患者の診療を行った。また、拠点病院から転院の要請があった患者は無条件ですべて受け入れることとし、その人数は多い日には100名以上にのぼった。これらの医療活動を行うために、各診療科は、通常の診療に加え、拠点病院への連日の医師派遣、避難所でのボランティア診療、専門領域以外の入院患者受け入れ、トリアージエリアでの当直業務を行うことになった。
震災後の医療状況はめまぐるしく変化したため、これらの業務への医師の割り当て、入院患者の振り分けは当日になって決めざるを得ないことが多く、変更もしばしばであった。しかしながら、一度として診療科から不満が出ることはなく、常に本部がリクエストする以上の数の医師が、診療支援に名乗りを上げてくれた。日々の食べ物に事欠く状況が続いたにもかかわらず、である。
もちろん、沿岸部の被災した病院の医師たちの状況はより過酷であり、ことさら東北大学病院の医療活動を広報する意図はない。ここで、述べたかったのは医師としての精神的DNAである。医学部を卒業した学生は、国家試験に通った後、医師として経験を積んでいく。この過程において医師としてのスキルを身に付けることは何より重要であるが、医師としての精神的DNAが刷り込まれていくことも極めて重要である。
本来、医師は米を作るわけでもなく、機械や道路を作るわけでもない。これらを作る人が健康で仕事に従事できるように支えることが医師の仕事である。いわば医師は裏方であって、本来華々しく表に出る職業ではない。しかしながら、患者さんの人生だけでなく、その家族、関係する社会を引き受けなければならない非常に責任の重い職業である。患者さんはそれを医師に託するからこそ、卒業したての駆け出しの時から医師を先生と呼ぶのである。
この裏方でありながら、重い責任があるという一見不合理な仕事を支えるのは、患者さんからの感謝の気持ちであり、患者さんの病気を治す喜びである。この無形の報酬を至上と考えられるような医師としての精神的DNAが刷り込まれるためには、数多くの経験が必要である。時として「私」を犠牲にしなければならない経験も、一人で医師としての全責任を背負わなければならない経験も積まなければならない。
一方で、最近の研修事情に目を向けてみると、たとえ受け持ちの患者さんが亡くなりそうであっても、初期研修医が5時に勤務を終えることを是としなければならないこともあると聞く。後期研修という名前がいつの間にか定着したことで、医師として独り立ちするまでのモラトリアム期間が延びているという声もある。
もちろん、患者さんを診療する上で最善の健康状態・精神状態を保つためには、過剰な勤務は避けなければならないし、得るべき医学知識が膨大となり専門技術が高度化している現在、医師を育て上げるために時間がかかることもやむを得ないかもしれない。ただ、許容だけの教育環境は医師としての健全な精神的DNAを刷り込まずに、権利意識と責任回避のDNAだけを刷り込むだけにならないだろうか?
そこで、震災時の当院の若手医師の対応に戻る。彼らの医療活動は非常に献身的であり「無私」であり、間違いなく彼らには健全な医師の精神的DNAが刷り込まれていた。将来への絶望ばかりが目立つ今回の大震災で、数少ない希望の光であったかもしれない。これから先、この明かりが途切れぬよう、次世代への健全なDNAの刷り込みに大学人として務めていかなければならないと考えている。
※ドクターズマガジン2011年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
張替 秀郎
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