記事・インタビュー
東海大学医学部内科講師
総合内科専門医 感染症専門医
米国内科学会上級会員
柳 秀高
感染症における診断は、まず病歴、身体所見から患者の状態、感染臓器の見当を付け、それを検査所見や画像所見で確認し、塗抹検査、培養検査などで微生物を確定していく作業です。つまり、
M: microbiology (微生物)
A: anatomy (解剖、臓器)
P: pathophysiology (病態生理)
を決めていくことで診断に至り、この感染症診療のMAP=地図を持っていれば自ずと治療が決まってくる、と筆者は米国ノースカロライナ州ウェイクフォレスト大学感染症科のDr. Christopher Ohl(1)に習ってから自分も医学生の皆さんにそのように教えるようにしています。例えば、生来健康な人が、市中で(Pathophysiology)、肺炎に(Anatomy)かかったら起因菌は肺炎球菌(Microbiology)が多い、などのように使います。
治療については、グラム染色を参考にしながら、Empiric Therapy が必要であれば開始し、患者の状態をモニターします。培養結果が出た時点で最適な治療(Definitive Therapy)に変更し、必要な治療期間の間、抗菌薬を続けます。もし、培養が出る前に患者の状態が悪くなれば標的とする微生物を広げて、より広域の抗菌薬に変える(Escalation)ことも必要かもしれません。しかし、できれば培養が出たら、狭域な抗菌薬に変更(De-escalation)したいところです。もちろん最初から狭域な抗菌薬にできていて、そのままDefinitive Therapy になることも有り得ます。例えば生来健康な市中肺炎患者のグラム染色で典型的なグラム陽性双球菌が認められて、高用量のペニシリンGで治療開始した場合などはこれにあたります。
一方、Antimicrobial Stewardship(AS)はしばしば抗菌薬の適正使用、とも訳されますが、2007年のIDSAガイドライン(1)を見てみると、その内容は「不要な抗菌薬使用を制限するのみならず、抗菌薬の選択、投与量、投与ルート、投与期間を最適化することによって、臨床的な治癒を最大限にし、耐性出現の抑制や副作用の回避をもねらう」とあります。リーズナブルな内容だと思います。適正使用というととにかく使用量を減らして、投与期間を減らせば良いかといえば、そうではありません。黄色ブドウ球菌菌血症の治療をCRPが陰性化するまでのわずか2週間程度で中止にしたせいで、その後骨髄炎や心内膜炎などの合併症をきたして私どもに搬送される例は後を絶ちません。治療期間が短すぎることも、臨床的治癒にとっては問題とされるべきです。ただし、培養にあった適切な治療薬が投与されていることを確認し、治療期間が短縮できるところは短くし、併用療法が不要な場合には単剤療法で治療し、また経静脈投与の抗菌薬を経口薬に可及的速やかに変更する、などがASの主な内容であることはもちろんです。
MAP-Microbiology 起因菌、Anatomy 感染臓器/解剖、Pathophysiology 病態生理/患者背景̶がしっかり把握できていれば、治療で迷うことはそれほど多くないですが、ここがあやふやだとエラーが起きます。咽頭痛、咳、鼻汁でいらした生来健康な患者さんの感染臓器は「上気道」で、通常、起因微生物はウイルスなので抗菌薬は不要です。抗菌薬を使っても何も御利益はありません。ただし、副鼻腔炎では細菌性であっても多くの場合で抗菌薬が不要なことが示されている、というのはややトリッキーではありますが、不要な抗菌薬を使わないためには重要な情報です。こういった抗菌薬が通常不必要な臨床的場面について、強調して伝え広めることも、ASの重要な一要素です。
このように見てくると、ASは感染症のトレーニングを受けた人が日々行っている普通の感染症診療を一般の医師、研修医、医学生、コメディカルに伝えていく過程(2)であり、なんら特殊な活動では無いということが分かります。ASと院内感染コントロール、さらには製薬会社による新規抗菌薬の開発促進などの歯車がかみあうことによって、院内感染/耐性菌対策、臨床感染症診療がうまくまわるようになることを願い、また現場での努力を誓いながら最終回の筆を置きたいと思います。
【参考文献】
1. Dellit TH, Owens RC, McGowan JE, et al. IDSA and SHEA guidelines for developing an institutional program to enhance
Antimicrobial Stewardship. Clinical Infect Dis 2007;44:159.
2. Luther VP, Ohl CA, Hicks LA. Antimicrobial Stewardship Education for Medical Students. CID 2013;57:1366.
※ドクターズマガジン2013年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
柳 秀高
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