記事・インタビュー
近年、CT、MRIなどの画像診断機器や診断技術の進化は目覚ましくAIなどの技術発展に最も近い位置にいる放射線診断医が次世代医療を牽引するといわれている。
一方、機器の高度化に伴い診断量が急増しているにもかかわらず、日本の放射線診断専門医は約5600人と米国の4分の1以下であるため、慢性的な人材不足が懸念されている。
そこで今号では特別企画として、幅広い知識と多彩な経験を持つ松木充氏と新進気鋭のAI研究の担い手である越野沙織氏との対談を行った。
二人が語る放射線診断医の役割や魅力、そしてAI時代における放射線診断医の在り方とはー。
<お話を伺った方>
松木 充(まつき みつる)
1991年大阪医科大学卒業、2010年大阪医科大学放射線医学教室准教授、2012年近畿大学医学部放射線診断学部門准教授を経て、2021年自治医科大学とちぎ子ども医療センター小児画像診断部教授。
日本医学放射線学会、日本画像医学会、日本腹部放射線学会、胸部放射線研究会、救急放射線画像研究会など数多くの学会、研究会の評議員、世話人を担当。
単純X線、超音波、CT、MRI、核医学(RI・PET)などを駆使し、全身の臓器を横断的に診断するGeneral Radiologistとして各診療科と連携し、CT至適造影法から術前ナビゲーション、術中シミュレーション画像、CTcolonography、CT urography の開発、新しいMRI造影剤の研究などに従事。2020年近畿大学医学部Best Teacher賞を受賞。
<お話を伺った方>
越野 沙織(こしの さおり)
東京医科歯科大学在学中にインペリアル・カレッジ・ロンドン、ハーバード大学医学部関連病院に留学。
卒業後、東京大学医学部附属病院、シカゴ・ロヨラ大学メディカルセンターでの研修を経て、2017年より東京大学医学部附属病院放射線科。
2021年7月より現職。大学院在学中、パリ第6大学附属病院に留学。
エルピクセル株式会社と共同で開発した脳動脈瘤検出AIが、2019年9月に国内初のディープラーニングを用いた医療機器としてPMDAの承認を取得。
骨転移検出AIは北米放射線学会の刊行誌RSNA Daily Bulletinに同年掲載された。
幼少時より全国の将棋大会で優勝を重ね、NHKの番組での羽生善治棋士との対局は日本テレビやテレビ朝日で放映され全国で注目を集めた。
放射線診断医の役割とは?AIを活用し共存して日本医療の先陣を斬る
ゼネラルな分野で活躍する"ドクターズドクター"
松木 先生 ︙放射線診断医は、単純X線、CT、MRI、超音波などの検査で得た画像を読影し、診断結果を各診療科へ提供する仕事をしています。さらに、検査プロトコルの最適化など、疾患や臓器別に適切な検査や撮影方法を決定することも重要な役割です。
越野 先生 ︙各診療科の医師や主治医に治療の方向性を明示する重要な役割を担うため、米国では「ドクターズドクター(医者をリードする医者)」ともいわれていますね。
松木 先生 ︙例えば診療科は診察所見、血液所見などを考慮してから頭部、呼吸器や腹部など特定の部位を観察しますが、われわれはまず画像を目の前にして特定臓器にとらわれずに全身を観察して判断します。そうすることで、他科が気付けない病態も解明できるんです。患者さんが既往歴を忘れていたり、不都合な病歴を隠したりしても「画像はうそをつかない」といわれる通り、画像を読めば背景が分かることもあります。
越野 先生 ︙放射線診断医は治療もしますし、頭のてっぺんから足の先まで広い領域をカバーしていることも特徴ですよね。IVR(カテーテルなどによる画像下治療)や核医学(放射性医薬品ラジオアイソトープを用いた診断・治療)があったり、領域も呼吸器、腹部、中枢神経などさまざまです。その分、勉強も大変ですが(笑)。
松木 先生 ︙そうですね。診療科は専門性が高くなると他の領域を勉強する機会はほとんどなくなりますが、放射線診断医は全身を診るGeneral Radiologistになれます。もちろん、IVRや核医、画像診断で呼吸器、腹部、中枢神経など一つの領域や臓器に特化したスペシャリストを目指すこともできます。
越野 先生 ︙私はこれまでイギリス、アメリカ、フランスに留学して放射線科で学んだのですが、他の国の放射線診断医は専門性に特化したスペシャリストがほとんどです。日本にはGeneral Radiologistが多いため、世界中の放射線診断医が参加する画像診断のクイズ大会では、毎回、日本の放射線科医が上位を占めているんです。松木先生も全身を幅広く、かつ深く診ることができるGeneral Radiologistですが、読影のコツがあればぜひお聞きしたいです。
松木 先生 ︙読影では、正常、正常変異、病変の区別を検出し、それが炎症なのか腫瘍なのか、腫瘍であれば悪性かどうかを診断します。検出能を高めるためにはまず集中力が大切です。またそれを診断するには知識と経験が重要となります。
越野 先生 ︙知識を得るための有効な勉強方法はありますか。
松木 先生 ︙成書や最新の雑誌を読んでブラッシュアップすることが一般的でしょうが、僕のように忍耐力がないと難しいです(笑)。そこで僕の場合は学会や研究会などで毎回、症例提示するようにしています。準備しているときに気付かなかった所見を見つけたり、発表して参加者の意見から新しい所見やアプローチ方法に気付かされることもあります。自分に合った継続できる勉強法を見つけたらどうでしょう。
Q:AIに代わられるのではなく、AIをいかに活用していくか。
越野 先生 ︙私は大学院で、ディープラーニングを用いた脳動脈瘤を検出するAIを企業と共同開発したのですが、そのAIは全国100施設以上の病院や診療所で実際に利用されています。そのため、今後AIの導入がどんどん進めば、放射線診断医はAIに取って代わられるのではないかと懸念する人もいます。
松木 先生 ︙AIにできないことも多く、課題も多いので、すぐに取って代わられることはないでしょう。
越野 先生 ︙AIが導入されても放射線診断医は必要不可欠です。例えば、昔は駅員さんが切符を切っていましたが、自動改札が導入されても改札に駅員さんが必要なくなったわけではなく、改札を管理する働き方に変わりました。放射線診断医もAIの導入によって、働き方が変わるということですよね。
松木 先生 ︙AIをいかに活用していくかですよね。越野先生は、AIによって医療にどのようなメリットが期待できると考えていますか。
越野 先生 ︙現に、脳動脈瘤を検出するAIは、放射線診断医による単独読影と比較して検出の有効性が証明されています。それに、AIは人間と異なり疲労により集中力が途切れることもなく、それらを要因とする病変の見落としがありません。また、近年は画像診断機器が高度化して検査数も増えていますが、日本は放射線診断医が少なく主治医が読影している状況も多くあります。診断レポートまで作成できるAIを開発できれば、業務効率化につながりますし、放射線診断医の不足問題も解消されます。
松木 先生 ︙僕らの世代はAIに抵抗のある人も多いです(笑)。でも、若い人たちはAIとの付き合い方にも早く順応できるでしょう。いずれにしても、これからはAIを扱うための教育が必要となってきますよね。
越野 先生 ︙そうですね。教育でいうと、AIの活用例として、私は小さい頃AIで将棋を学んでいましたが、藤井聡太さんのような天才棋士の誕生は、プロを打ち負かすほどに進化したAIで学んできたことが大きいと思います。AIによってエキスパートな医師を短期間で育てることができるかもしれません。
松木 先生 ︙おっしゃる通り、AIを医師教育に活用することも期待できますよね。ただ、AIにもまだまだできないことや課題も多く、新たな問題も起きてくるでしょう。例えばAIの診断と自分の診断にズレが生じた場合、なぜその診断に至ったのかという経緯をAIに確認できない問題があります。AIがどのように診断したのかを知らなければ医療に導入できないのではと思います。
越野 先生 ︙それはAIの大きな課題なんです。AIの思考回路が分からないことをブラックボックス問題と言いますが、その思考回路を可視化する研究も始まっています。他にも、例えばAIが悪性腫瘍と診断し、手術をしたが実際はそうではなかったら誰が責任を取るのかなど、倫理的な問題や課題もあります。ですからAIの診断には必ず放射線診断医の介入が必要なんです。
松木 先生 ︙放射線診断医は、もちろん目の前の画像を読影するわけですが、場合によってはカルテ情報や患者さんの過去の画像など、多種多様な情報を参考にしながら診断します。その際、多くの情報から診断のキーとなる重要な部分をピックアップし、論理的に組み立てながら診断しますが、AIはこういったことが苦手ですよね。
越野 先生 ︙はい。人間は考え、推論し、重要な情報を取捨選択することができますが、AIには難しい。AIの研究開発をしていると、人間の頭はつくづくすごいことをしているなと思います。私の夢は松木先生のような全身を診るAIを作ることですが、”松木AI”の実現にはまだまだ程遠いですね。
Q:医療AIの最前線にいる放射線診断医の新たな役割
松木 先生 ︙AIによって病変の見落としは減るでしょうけど、いきなりAIが導入されても現場は混乱しますよね。今まで一日50件読影できたものが30件に減ってしまったりと、読影に余分な時間が掛かってしまう可能性があるのでは。
越野 先生 ︙そうですね。読影した後にAIも読んで判断するのは二度手間になり、効率が悪くなるのではという意見もあります。
松木 先生 ︙脳動脈瘤を検出するAIを活用するにしても、検出された動脈瘤に関する深い知識がなければ、診断をAIに丸投げする医師が出てくる危惧もあります。AIをうまく医療現場に適用、応用させることが重要ですね。
越野 先生 ︙はい。例えばAIが全く病変でないものを脳動脈瘤に類似した候補点として検出してしまった場合、AIの診断通りにレポートを書いてしまえば、患者さんは不必要な不安を抱えなければなりません。そうならないためにも、放射線診断医の介入やAIを扱うための教育は必要です。東京大学では独自に画像診断AIの研究開発を進めていることもあり、AI-CAD(AIを用いたコンピュータ支援診断)についての授業がすでに行われています。
松木 先生 ︙放射線科は医療現場へのAI導入やAIを扱うための教育もリードしていくでしょう。ちなみに、実際にAIの研究開発に携わっている越野先生の目から見て、日本のAI研究開発は世界と比べてどのような状況にありますか。
越野 先生 ︙かなり出遅れていますね。ディープラーニングを用いたAIの薬事承認も、アメリカでは3カ月だったのが日本では3年かかっていますし、日本は個人情報に厳しいためデータの取り扱いが難しく、なかなか研究開発が前に進まないという実情があります。診療報酬でAI加算を取ることができれば、AIの研究開発も進展していくのではと期待しています。
松木 先生 ︙放射線診断医に、呼吸器、腹部、中枢神経などの分野別のスペシャリストがいるように、AI画像診断のスペシャリストがいてもいいし、AIと親和性の高い放射線科だからこそAIの研究開発ができる環境があってもいいと思います。
Q:時間・空間に制約がなく、自由度の高い働き方ができる
松木 先生 ︙放射線診断医は読影など閉じこもった世界をイメージされる方も多いですが、決してそうではなく、各診療科が求めている画像を提供したり、診断しているため、常にいろいろな科と協力しています。このような診療科は他になかなかありません。
越野 先生 ︙画像をオンラインで共有しながらカンファレンスをしたりと、放射線診断医は各診療科だけではなく、全国の医師とも幅広く交流ができるのもいいですよね。
松木 先生 ︙また診察は患者さんを目の前にしなくては成り立ちませんが、画像診断はオンラインでも可能ですし、緊急時を除けば都合のいい時間に対応できます。
越野 先生 ︙外来だと時間は決められていますし、1日100件を診察するのは大変ですが、読影なら可能ですし、全診療科の多くの患者さんを救えることも魅力です。それと、放射線診断医の仕事は場所にも縛られません。遠隔読影など家でも仕事ができるので、子育てをしながらでも働きやすいと思います。例えば海外に住んで、日本から依頼のあった画像の読影をすることも可能です。
松木 先生 ︙それに、放射線診断は全身に関わっているので、守備範囲も広く、救急医療のトリアージもできます。放射線診断医は幅広い領域で活躍できる一方、時間にも場所にも縛られない自由度の高い働き方ができるのが魅力です。またAIなど最先端技術に最も近い位置にいるなど、その魅力は尽きません。
越野 先生 ︙AIをうまく医療現場に適用、応用させるためにも、AIと親和性の高い放射線診断医の活躍がますます期待されています。
松木 先生 ︙そうですね。放射線科にはテクノロジーに興味を持っている医師も多く、どの科よりもAIを取り込むのが早いと思います。AIを活用して、クオリティーの高い情報を他科にどんどん提供できるようになれば、医療全体の質の底上げにもなります。放射線診断医は、これからの日本の医療の進化・発展のために重要な役割を担い、先陣を斬っていくことでしょう。
松木 充、越野 沙織
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