記事・インタビュー
救急科は、患者の身体全体を把握し、必要な治療は何かを瞬時に判断するなど、さまざまな診療科で求められる能力が発揮される場であり、医療の原点であるといえる。一方、日本においては新しい分野であるため、十分に理解や認知がされてない部分もあり、救急医としてキャリアを築いていくことに不安を感じている人もいるだろう。
今号は特別企画として、救急の第一線で活躍しながら、医師の教育活動を通して日本の医療全体の底上げに尽力する、志賀隆氏と坂本壮氏の対談を行った。二人の医師の、プロフェッショナルとしての視点や流儀、思考、生き方を通して、救急の実際と魅力に迫る。そして、次代の医療を支える医学生や若手医師に、豊かな医師人生を歩むための大切なメッセージを贈る。
<お話を伺った方>
志賀 隆(しが・たかし)
2001年千葉大学医学部卒業。
東京医療センターにて研修。
2006年米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経て、2009年ハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。
2011年東京ベイ・浦安市川医療センター救急科部長として救急の基盤をつくり、2017年国際医療福祉大学医学部救急医学准教授、2020年同大学医学部救急医学教授に着任。後進の育成にも力を注ぐ。
<お話を伺った方>
坂本 壮(さかもと・そう)
2008年順天堂大学医学部卒業。
順天堂大学医学部附属練馬病院初期臨床研修医を経て2010年同病院救急・集中治療科入局。
2015年西伊豆健育会病院内科常勤医、2017年順天堂大学医学部附属練馬病院救急・集中治療科、西伊豆健育会病院内科非常勤医。
2019年4月より現職。所属病院内にとどまらず、全国各地で年間40回を超える勉強会を開催。
診療科を横断した後進教育にも情熱を傾けている。医学雑誌「J-COSMO」編集主幹も担当。
『ビビらず当直できる 内科救急のオキテ』(医学書院)、『救急外来 診療の原則集』(シーニュ)、『救急外来ただいま診断中!』(中外医学社)など、著書多数。
救急は医療の原点であり可能性は無限大である
大切なのは取捨選択する力と、理性的、科学的であり続けること
志賀 先生 ︙救急というのは医療の原点です。社会と患者さんの役に立っている実感もあり、毎日が楽しいですよね。
坂本 先生 ︙本当にそう思います。ただ、その一方で、救急患者さんがいないときは周りからは「ヒマな診療科」に見えるらしく、実際は忙しいのに「各科の専門医に患者さんを渡す電話番」というイメージを持っている先生もいる(笑)。僕たち救急医が患者さんの重症化を防いでいるのに、気付いてもらえなかったり。
志賀 先生 ︙救急は日本では新しい分野ですから、理解されていない部分もまだまだありますよね。でも、最近は情報共有できる電子カルテが標準化されたおかげで、私たちが丁寧にカルテを書いているのを知って、多くの人が評価してくれるようになった(笑)。救急のイメージは徐々に変わってきていると思います。
坂本 先生 ︙志賀先生が広く情報発信をしてくださったことで、救急医の仕事内容がかなり認知されるようになったと思います。
志賀 先生 ︙現在はSNSの普及も進みましたし、坂本先生の発信力によるところも大きいですよね。それと、働き方改革の推進やCOVID-19の感染拡大などによって、医療界は今、変革の時代に突入していますから、これまでの救急医のイメージや働き方、意識などが変わる大きな転機になると感じています。
坂本 先生 ︙そうですよね。COVID-19禍においては、救急医として本来当たり前のことであるスタンダードプリコーション(標準予防策)が徹底されるようになりました。実際のところ、今までは当たり前のことが当たり前にできていない状況もありましたから。
志賀 先生 ︙スタンダードプリコーションの順守率は、かなり上がりましたよね。それと、COVID-19について膨大な情報が飛び交う中、取捨選択と学習によって正しい知識を常にアップデートし続けることの大切さも改めて実感できたと思います。
坂本 先生 ︙情報をキャッチしやすくなった分、正しい取捨選択をしなければ、本当に必要な当たり前のことがおろそかになる恐れもある。感染対策ではゾーニングも大切ですが、そもそも院内が清潔でなければ意味がありませんし、体調の悪い医療者が病院に来てはダメなんです。そうした当たり前のことを徹底した上で感染対策をすることが重要なのに、情報の取捨選択をせずに対策だけを進めようとする。それでは全く意味がないんですよね。
志賀 先生 ︙これまでの常識がどんどん変わってきている状況で、最適な医療を提供するには、いかに理性的かつ科学的であり続けられるかが大切です。
坂本 先生 ︙「今までやってきたから、今回もこうするべき」ではなく、志賀先生のお話のように、正しい知識をアップデートできるか、新しいことを取り入れる際に柔軟に対応できるか。これからの時代は意識改革が重要になりますよね。
志賀 先生 ︙そうです。実は医療者の働き方改革を考える場合も、その根本にある重要なことは医療者の意識改革なんです。
Q:働き方改革、教育、組織づくりは意識改革と信頼関係がキーとなる
坂本 先生 ︙働き方改革でいうと、救急科は時間帯や日によって忙しくないときもあるのですが、「医者たるもの、常に病院にいるのが当たり前」という考えが長い間浸透しているため、「患者さんが少ないときは休もう」というような考え方に至りません。看護師さんは状況を見ながら休みを取っていますが、医師が同じことをしようとすると、「急患が来たらどうするんだ」と言われてしまう。でもそこは、役割分担によってフレキシブルに対応すればいいんです。志賀先生が話された「働き方改革で重要なのは意識改革」は、まさにその通りだと思います。
志賀 先生 ︙若手医師の処遇を良くすることも必要ですよね。24時間365日救急に対応するために、一人につき月6回の当直を課し、常に救急科専門医がいるシステムをつくれば、患者増などの成果は出ます。でも、それでは救急医の負担が大きくなり過ぎる。深夜勤は代になると体力的につらく、どうしても若い先生たちにしわ寄せがいきますよね。今の病院では各科の先生の当直は月2回までで、救急科は3回までになっています。深夜勤をいかに無理なくカバーできるかが大切です。
坂本 先生 ︙救急の現場を支えているのは、若手医師たちですからね。それと、働き方改革では時間外労働の制限が大きく取り上げられていますが、例えば、「18時からの勉強会は時間外労働になるので、朝早くやりましょう」とか、そういうことではないと思うんです。若いときは勉強する必要があり、もっと学びたいという人を無理やり帰宅させるのは、働き方改革とは違う。それよりも、先ほど言ったようにフレキシブルに休みを取れるようにすることが大事です。
志賀 先生 ︙勉強したい、学びたいという人のやる気をそいでしまっては本末転倒ですよね。
坂本 先生 ︙ええ。研修医や若手医師にとって一番嫌なことは長時間労働ではなくて、それよりも、フォロー体制が万全ではない状況下で不安を抱えながら救急対応をすることです。救急患者の多い14時から21時までは忙しく、エラーも起こりやすいため、その時間帯には必ず研修医をフォローアップできる医師を入れるなど、精神的な負担を減らすことが大切です。医師教育も同じで、研修医の質問に答えるだけではなく、指導医が一緒に患者さんを診てあげることが重要なんです。
志賀 先生 ︙医師教育も子育てと一緒で、一人ひとりにしっかり向き合う気持ちが大事ですよね。
坂本 先生 ︙はい。一人ひとりの研修医に合った接し方、教え方があり、それは日々の関わりやコミュニケーションによって分かるものです。それを常に意識していますね。
志賀 先生 ︙教育において大切なことは信頼関係ですよね。信頼関係がなかったら教えても伝わらないですし、組織づくりにおいても信頼関係はとても重要です。
坂本 先生 ︙志賀先生は、「東京ベイ・浦安市川医療センター」や「国際医療福祉大学病院」で救急科を立ち上げ、基盤を築かれてきましたが、信頼関係の構築などについて組織づくりのポイントはありますか。
志賀 先生 ︙まずは、「組織としての考えやルールを分かりやすくする」こと。そして、有能な人材を育てるために、「部下には権限と責任を与える」こと。任せて失敗しても、それは上司の責任として、逆に部下の手柄はしっかりたたえることが大切です。それから、情報共有をしっかりするなどの「組織の透明性」も、信頼関係のある強い組織づくりには重要です。サッカーなどのスポーツと同じで、医療の質は現場で動くプレーヤーの能力や個性に依存しますから、坂本先生から「一人ひとりに合った接し方、教え方がある」というお話があったように、個々のプレーヤーの能力や個性を最大限引き出すことを大事にしています。
Q:救急の教育活動を通して日本の医療を底上げする
坂本 先生 ︙COVID-19の感染拡大により、勉強会やレクチャー、講演がオンラインに変わっていったことで、場所と時間の制約がなくなり、学びの機会は以前よりも確実に増えましたよね。
志賀 先生 ︙今後は、多くのオンライン勉強会やセミナーが開催されると思うので、その中でどれに参加するべきか、正しい、取捨選択をすることが大切になってきます。
坂本 先生 ︙学ぶ側も、より良いものをピックアップする能力が試されますね。
志賀 先生 ︙坂本先生は若手医師に向けた勉強会やセミナーを全国各地で開催し、どれも非常に人気があります。また、医学雑誌「J-COSMO」を創刊するなど、教育にも尽力されていますが、こうした活動を始めるきっかけは何だったんですか。
坂本 先生 ︙多くの病院で救急の初動を担当するのは若手医師であり、救急を断らない体制をつくり、医療の質を高めるには、若手医師の教育が非常に大切だと思ったんです。自分が対応できる患者数には限りがありますが、勉強会によって多くの若手医師がレベルアップすれば、何倍もの人を救うことができ、患者さんも幸せになる。「J-COSMO」の創刊も、専門医が持つ知識が10だとしたら、非専門医が4程度知ることができれば医療の質を大きく底上げできると思い、着想しました。
志賀 先生 ︙若手医師たちの活躍によって救急科で治療を完結できるようになれば、専門科の負担も減らせますし、最適な科につなぐことができれば、専門科の医師も最大限の力を発揮することができる。そして、救急科以外の医師が急性期における総合診療能力を高めることができれば、日本の医療の底上げにつながりますよね。
坂本 先生 ︙はい。これまで全国各地で多くの研修医に教育やレクチャーをしましたが、それでも年間1000人くらいにしか伝えられない。毎年、8000人超の医師が生まれるので、全員に関われたらいいですよね。それを毎年繰り返していくことで、着実に日本の医療はレベルアップするはずです。
志賀 先生 ︙われわれが本を書いたり、休日にセミナーや教育活動をしている目的はそれですよね。中には理解してくれない先生もいますが(笑)。
坂本 先生 ︙ええ。論文は業績になりますが、本の執筆は仕事じゃないと言われたり(笑)。結局、無理解が原因で改革が進まないんですよね。
志賀 先生 ︙新しいことに対する拒否ですよね。女性医師に救急は難しいという間違ったイメージもまだまだあります。実際は逆で、救急は女性医師にとって働きやすい診療科であり、活躍されている人も多い。救急科はシフト制なので、妊娠中や子育て中は勤務時間を短くしたり、夜勤なしで働くことができる。でも、こうして救急科の認知が進み、教育活動などが徐々に浸透して成果が出たことで、多くの先生方に理解されるようになってきた。救急は多様な人材が輝くことのできる診療科ですし、そうした組織を目指したいと常に思っています。
Q:救急には、毎日違ったドラマがある。だから面白い
坂本 先生 ︙救急はいろいろな症例を経験できるので、医師としての幅が広がりますし、毎日飽きることがないですよね。
志賀 先生 ︙はい。「毎日違うことをやりたい」「いろいろなドラマを経験したい」と思う人は救急医に向いていると思います。
坂本 先生 ︙救急患者さんの背景にはものすごいドラマがあったり、思いもよらないエピソードが隠れていることも珍しくありません。われわれは救急医療ドラマの脚本も書けますよね(笑)。
志賀 先生 ︙いい脚本が書けると思います(笑)。救急は本当に面白いですし、患者さんの抱える問題を解決できたときの喜びややりがいも大きいですよね。患者さんやご家族からすごく感謝されますし、日々成し遂げていることは、医師として誇りを持てる素晴らしいことばかりなんです。
坂本 先生 ︙研修医時代に救急科に進もうか迷ったとき、他科の先生に相談したら、「将来、どうするんだ?手に職がつかないと困るぞ」と反対されたんです。でも、僕が救急医になって感じているのは、可能性が無限大にあるということ。救急医をしながらIVR(カテーテルなどによる画像下治療)や内視鏡治療に取り組んだり、医師教育に携わっている先生がいたりと、キャリアパスは幅広く、活躍の場を自分でつくることができる診療科です。
志賀 先生 ︙本当にそうですよね。好きなこと、挑戦したかったことを、周りの意見や忙しさなどを理由に諦めてしまえば、必ず後悔します。好きだったら、その道に進むべきなんです。外科は好きだけど縫合が苦手だから諦めるのではなく、好きな分野に集中して楽しめるのであれば、努力次第で素晴らしい外科医になれるはずです。救急が好きならぜひ救急医を目指していただき、楽しくてやりがいのある、素晴らしい医師人生を歩んでほしいと思います。
志賀 隆、坂本 壮
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