記事・インタビュー
少子超高齢化が急速に進展するわが国では、医療の効率化や医療・介護・予防が一体的に提供される仕組み作りなど、抜本的な医療改革が急務となっている。そこで、首都圏を中心に6000人もの在宅患者を支える在宅医療のトップランナー、佐々木淳氏と日本版「ホスピタリスト(病院総合医)」の第一人者である加藤良太朗氏に日本の医療再生の鍵を握る「総合診療医」の役割と、これからの日本に本当に必要な医療について語っていただいた。
<お話を伺った方>
佐々木 淳(ささき・じゅん)
1998年筑波大学医学専門学群を卒業後、社会福祉法人三井記念病院の内科研修医。消化器内科に進み、おもに肝腫瘍のラジオ波焼灼療法などに関わる。2004年東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学。大学院在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。「人は病気が治らなくても、幸せに生きていける」という事実に衝撃を受け、在宅医療にのめり込む。2006年大学院を退学し在宅療養支援診療所を開設。2008年法人化し、現職。2021年内閣府規制改革推進会議専門委員。現在、首都圏ならびに沖縄県(南風原町)にクリニックを展開し、約6000名の在宅患者に24時間対応の在宅総合診療を提供している。
<お話を伺った方>
加藤 良太朗(かとう・りょうたろう)
1999年東京大学医学部を卒業。帝京大学医学部附属市原病院(現・帝京大学ちば総合医療センター)麻酔科、米ワシントン大学医学部内科、同大学ロースクール、米セントルイス退役軍人省病院内科ホスピタリスト部門、米ピッツバーグ大学医学部集中治療科を経て、2015年に板橋中央総合病院の副院長兼総合診療内科主任部長として帰国。2019年より現職。米国では医学教育にも従事
し、ワシントン大学医学部からはベスト・ティーチャー賞を複数回受賞。現在も板橋中央看護専門学校、国際医療福祉大学医学部、米ハワイ大学医学部などで学生や研修医の指導に当たる。総合内科専門医。米国集中治療医学専門医。ニューヨーク州弁護士。東京医科歯科大学臨床教授。
日本の医療課題を解決し、患者の幸せな人生を追求する 「人間の専門家」
重要なのは疾患ごとではなく、複数疾患を “まるごと診る” 視点
佐々木 先生 :加藤先生は日本における「ホスピタリスト(病院総合医)」の第一人者ですが、ホスピタリストとはどのような役割を担う医師でしょうか。
加藤 先生 ︙ホスピタリストは、名前の通りホスピタル(病院)を中心に医療を提供する医師ですから、その対象は目の前の患者さんだけではなく、病院でもあります。
患者さんに対しては、病院のサービスを上手に使って、臓器横断的な診療を提供する総合診療医ですが、それだけではありません。ホスピタリストについて論じられる際、ジェネラリスト対スペシャリストというような診療の幅に終始することが多いのですが、医療安全や医療の質の担保など病院のニーズに応える役割も担っているんです。
佐々木先生は同じ総合診療医でも在宅医療というフィールドで活躍されていますが、なぜその道に進まれたのですか。
佐々木 先生 :最初は消化器内科医として急性期病院で働いていました。当時は「病気が治らないことは不幸だ」と思っていましたが、大学院在学中にアルバイトで在宅医療を経験した際、治らない病気や障害を抱えた在宅患者さんが生活を楽しんでいる姿に衝撃を受けました。“病気が治らないからといって必ずしも不幸ではなく、どんな状況でも人間は幸せに生きていく力がある”ことを知ったんです。それで在宅医療が楽しくなり、アルバイトを始めて半年足らずで在宅診療所を開業しました。
加藤 先生 ︙僕も最初から総合診療の道に進んだわけではなく、もともとは麻酔科医だったんです。やりがいのある仕事でしたが、ショック状態の患者さんは蘇生できても、風邪の治し方も分からない(笑)。もう少し治療にも関わりたいと思い、2001年に米国へ内科医として留学しました。ちょうどホスピタリストという職業が米国で流行り始めた頃でした。たまたま2007年にセントルイス退役軍人省病院でホスピタリスト部門の立ち上げに関わることになったんです。それまでの米国では、患者さんが重症化するとかかりつけ医は契約病院に入院させ、外来の合間に病棟に赴いて診療を行っていましたが、それではとても効率が悪い。そこで登場したのが入院患者を専門に診るホスピタリストなんです。ただし、当初から病院のニーズによってホスピタリストの仕事内容はまちまちでした。私の病院では指導医が足りなかったため、ホスピタリストの仕事はもっぱら研修医の指導でした。
佐々木 先生 :そうなんですね。他にどういった病院のニーズに対応されてきたんですか。
加藤 先生 ︙「平均入院日数を3・6日から3・3日に減らせ」というミッションを命じられました。米国は病院数が少ないため、すぐに満床になりやすく、早く退院させないと新たな患者を受け入れることができないからです。
また、退役軍人省病院では家族のいない患者さんが多く、ペットに餌をあげるために自己退院してしまうことがよくありました。そこで、ペットフード会社やペットホテルなどと一緒に、入院中にペットの面倒をみてくれるサービスを作ったりもしました。
佐々木 先生 :病院の足りない機能を補ったりと、ホスピタリストは医療の効率化を実現する役割もあるんですね。
加藤 先生 ︙そうです。医療の効率化を図ることも日本におけるホスピタリストの大きな役割です。最近では複数疾患を持つ高齢患者さんが圧倒的に多いですが、臓器別専門科をいくらそろえても、患者さんは院内をたらい回しにされ、非効率です。病院を受診する患者さんは複数疾患を抱えていますが、8割はCommon Disease ですから、臓器横断的に診るホスピタリストがいればほとんど対応できてしまう。当院では、総合診療内科がホスピタリストとして機能しており、初診外来を設けて症状にかかわらず診るようにしています。また、発熱外来やコロナ病棟などCOVID-19への対応も総合診療内科が中心的な役割を担いました。
佐々木 先生 :患者さんは専門医や大病院に対する信頼が大きく、複数の専門科や病院にかかります。しかし、臓器別の治療が足し合わされることで最適な治療になるかというと、そうでもない。治療や使用する薬の優先順位といった視点が抜けているため、どんどん悪化するケースも実際に経験しています。疾患ごとに診てもらうより、ホスピタリストのように複数疾患を“まるごと診る”という視点が重要で、そこで大きな力を発揮できるのが総合診療医なんですよね。
加藤 先生 ︙日本は超高齢社会に突入し、臓器別・診療科別の「タテ割り」医療ではなく、患者目線で複数疾患をまるごと診る「ヨコ軸」医療の必要性が急速に高まっています。総合診療医の力を十分に発揮させることができれば、『ヨコ軸』で対応できる医療体制を整えることができるのです。
超高齢社会で問われる病院の存在意義
佐々木 先生 :高齢化の進行する日本において、加齢に伴い心身の機能が低下していく状況で、どこまで病気として治療をすべきなのか。心不全だからといって十分な降圧をすれば、立ち眩みにより転んで骨折し、入院して口から食べられなくなり、治ったとしても寝たきりで帰ってくるケースもある。また、入院時には高齢という理由でDNAR(蘇生措置拒否)の署名をすると、「だったらもういいんじゃないの」と安易に線引きをされ、医療に手抜きが起きやすいことも問題です。
加藤 先生 ︙在宅の先生たちがせっかく良いケアをしているのに、入院すると台無しにされるようなケースは容易に想像できます。
佐々木 先生 :急性期医療や専門診療は、患者さんが若く、回復力と体力がセットだからこそ治療がうまくいくという前提がある。心身機能が脆弱になっている高齢者にとっては、生命を悪化させることにもなりかねないんです。
加藤 先生 ︙DNARや侵襲的な医療処置をしないとなると、専門医は何をしていいのか分からないと思うんです。BSC(Best Supportive Care:積極的治療は行わず緩和治療に徹する)となった患者さんには何も治療することがないと解釈する医師がいますが、それは全く違う。苦しくないよう緩和ケアやQOLの維持向上など、やるべきことは増えるはずなのです。
佐々木 先生 :フィリップスの調査によると、日本では医療満足度が先進国の中で最下位なんです。その理由は、治療に至るプロセスに問題があるからです。プロセスに納得できていれば治療結果に対しても「良くなった」と解釈できるし、納得できていなければ「こんな状態にされた」となる。専門診療はガイドラインに基づいて治療が行われますが、在宅患者の多くは治らない病気や障害とともに生きています。患者さんと対話をしながら、その人にとっての真のニーズを探っていく。NBM(Narrative Based Medicine:物語と対話に基づく医療)によるプロセスが重視されます。このプロセスを飛ばして、いきなりガイドラインによる専門治療が淡々と始まってしまうことに問題があります。
加藤 先生 ︙私も文脈は大変大事だと思います。急性期病院では、患者さんが重症化して初めて関与するため、診療が断片的になってしまいがちです。当院では連携する在宅診療所と電子カルテを共有しながら、一緒にカンファレンスをしたり、かかりつけ医の先生と一緒に回診したり、逆に当院の総合診療医が外勤で在宅診療をするなど、協働で患者さんを診るようにしています。
佐々木 先生 :病院ではクリニカルパスに従い淡々と治療が行われ、人間の生活全体を診るコンサルタントの部分がうまく機能していないんです。科学的に正しい治療が、必ずしも患者さんにとっての正解とは限らない。満足度の高い最適な医療を提供するには、患者さんにとってのゴールや優先順位を共有するなど、総合診療医と専門医がしっかり協働できる体制作りが必要ですし、高齢者に限らず最初に総合診療があり、その先に専門診療があるべきだと思います。
加藤 先生 ︙同感です。臓器別専門科は病院の貴重なリソースとして捉え、入り口に立ったホスピタリストが高度な医療を患者さんに最適化する。そうすると、総合診療医ばかりでなく、臓器別専門医の力も効率よく発揮できる。これからの日本の医療にとって、ホスピタリストの意義はますます重要になるはずです。
急性期医療を、病院ではなく在宅で提供する意義
加藤 先生 ︙もともと入院には、せん妄や廃用などさまざまなリスクが伴います。特にコロナ禍では院内感染も大きな問題になりました。急性期医療を在宅で行った方が良い人も少なくないと思うのですが、佐々木先生はどう思われますか?
佐々木 先生 :意義は大きいと思います。患者さんの要介護度が悪化する最大のファクターが入院関連機能障害で、例えば当グループ(悠翔会)によるデータでは、誤嚥性肺炎で入院した場合、平均で要介護度が1・72、骨折で入院した場合は1・54悪化します。入院できたら安心、ではなく、感染症のような急性期疾患の治療であっても、輸血のような侵襲の高い処置でも、ニーズに応じて可能な限り在宅で対応するようにしています。
また、在宅医療の開始前は一人が1年平均41日間入院していたのが、在宅医療開始後は11・5日と入院期間を約30日も短縮できるなど、在宅医療によって入院依存度が大きく下がり、結果的に社会保障費の削減にも貢献することができます。
加藤 先生 ︙未来の病院は、もしかしたら患者さんがいない病院になっていくかもしれません(笑)。
佐々木 先生 :逆に入院日数を半分にする代わりに、入院単価を2倍にするなど、本当に重要なところに高密度な医療がきちんと届く体制作りが重要だと思います。
必要なのは、幸せにする技術と総合診療医の可視化
加藤 先生 ︙総合診療医は高いニーズがありながら、なり手が少ないことも課題です。
佐々木 先生 :それは医学生に対する教育の問題が大きいと思います。総合診療医の役割や社会的意義を伝える仕組みがなく、臓器別専門医を勧めるような教育になっています。
加藤 先生 ︙指導医不足も要因ですよね。米国の医療は専門科別に医師の報酬が大きく異なりますが、日本はそうではありません。だからこそ教育でしっかり総合診療医の役割や意義、素晴らしさを伝える必要がありますし、総合診療医になりたい人の希望の灯を消さないために、興味深く意義のある仕事だということをわれわれがしっかり見せていくことも大切です。
佐々木 先生 :制度上の問題もあります。欧米では、かかりつけ医が制度化されており、専門診療へのアクセスにも原則としてかかりつけ医の紹介が必要です。フリーアドレスの日本でこの仕組みがすぐに受け入れられるとは思えませんが、在宅医療は24時間対応の総合診療、日本で数少ないかかりつけ医が機能しているフィールドです。COVID-19の対応では、日本の医療は右往左往しましたが、かかりつけ医が機能していれば、患者の感染予防教育も、発熱者の診断も、ワクチン接種も、感染者の治療や在宅療養支援もスムーズに対応できたはずです。
加藤 先生 ︙専門医制度についても、もう一度考え直しても良いかもしれません。米国では、日本の初期研修に当たるサブインターンシップの間に総合診療的な技術をみっちり経験するうえ、例えば内科領域では日本の内科専門医研修にあたる内科レジデンシーの間に、総合内科的な技術をさらに3年間経験します。その後に臓器別診療科へ進むため、臓器別専門医でも総合的な視点を必ず持っています。キャリアとして総合診療を選ぶ医師が少ないのであれば、制度によって全ての医師に総合診療力が備わっているよう担保するのも一案です。最近の専門医制度は、むしろ逆方向に進んでいる印象を受けます。また、手術や手技が必要とされる診療科では、どうしても年齢を重ねると技術が衰えてきます。そのときになって初めてセカンドキャリアとして総合診療を選択する医師も多いと聞きますが、今の専門医制度だけでは不十分でしょう。
佐々木 先生 :近年は専門性がどんどん細分化され、標準的医療も高度になりました。昔と比べてより豊富な知識が必要になりましたが、目の前の患者さんを幸せにする技術は学んできていない。医学部は他学部との交流もあまりなく、もっと社会全体との接点や人間という存在に関心を持ち続けられるような教育環境の構築も必要だと感じます。
加藤 先生 ︙社会全体との交流が少ないと、医者の常識が世の中の非常識ということが起きる。日本には総合大学が多いのに、哲学や倫理など真に「ヨコ軸」な学問を教える大学は少ないですよね。
佐々木 先生 :日本の総合病院もまさにそうで、いろいろな診療科を抱き合わせただけで、「ヨコ軸」で一気通貫した医療ではありません。また、日本の総合診療には質の評価の指標がありません。例えば在宅での患者満足度は、医師の「人当たりの良さ」などの心象に大きく左右されます。また、高齢者に対しては「老衰だ」などの説明で診療の手抜きの正当化も容易です。英国では、かかりつけ医を担う家庭医の電子カルテはフォーマットが共通です。データが共有されるため、担当患者の高血圧や糖尿病の管理状況、抗菌薬の使用頻度などもフィードバックされます。診療内容を可視化することは、診療の質を担保するうえでも必要です。これにより総合診療の存在意義も理解され、結果として総合診療医を目指す医師も多くなるのではないかと思います。
※ドクターズマガジン2022年6月号に掲載されました。
佐々木 淳、加藤 良太朗
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