記事・インタビュー
大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹
#07 Do not lie, if you don’ t have to. (by レオ・シラード)
仲野徹、恥ずかしながら帰って参りました。って、横井庄一か。なんのことかわからない人はとりあえずスルーしてください。
どうして「恥ずかしながら」かというと、誰も覚えておられないでありましょうが、前回の連載6回の冒頭に「十も二十も座右の銘があるというのは少しはしたないような気がする」と書いているのであります。今回は9回連載の予定なので、あわせて15回になります。ということは、少しはしたないのです。ではあるのですが、ともかく、「座右の銘は銘々に」、あまりの好評につきリターンズとあいなりました。よろしくお願いいたします。
復帰1回目は、レオ・シラードの言葉です。あまり有名ではないかもしれませんが、アインシュタインをたきつけてルーズベルト大統領に原子爆弾開発を勧める手紙を書かせた学者、というと思い出す人がおられるかもしれません。ハンガリー生まれのユダヤ人で、物理学者でしたが、のちに分子生物学者に転向します。
この人の名前を知ったのは、ドイツ留学の時でした。留学先だったEMBL(欧州分子生物学研究所)の図書室の名前が Leo Szilard Libraryだったのです。なんでも欧州分子生物学機構(EMBO)の設立にずいぶんと貢献したそうです。
で、今回の座右の銘「ウソはつくな、必要がなければ」です。もともとはドイツ語で書かれた「シラードの十戒」のうちの7番目、「Lüge nicht ohne Notwendigkeit.」なので「Do not lie without need」と訳されているものもあります。たしかに、その方が正しいかもしれませんが、なんとなく「without need」より「if you don’t have to」の方が気に入ってます。
どうしてこれが座右の銘かというと、まずは、自分が正直ではないからです。だって、根っからの正直者なら、このような格言は不要でしょう。では嘘つきかというと、決してそんなことはありません。なぜなら、ほとんど嘘をつかない(ことにしている)からです。どっちやねん!と怒ったりしないでください。(できるだけ)嘘をつかない理由を説明します。
それは、じゃまくさいからです。嘘をつけば、いちいち、誰にどんな嘘をついたかを覚えておかないとややこしいことになります。あまり大きくないと自覚している記憶のキャパシティーをそんなことに使いたくはありません。だから、生来正直ではないのにほとんど嘘をつかへんという、かなり消極的な正直者なのです。ややこしい奴やなぁと思われるかもしれませんが、ちょっと考えてみてください。生来正直な人と、正直ではないけれども嘘をつかないようにして生きている人とどちらが偉いか。後者、がんばって嘘をつかない方が偉いとは思われないでしょうか?それがわたしです。
でも、ときどきはつきます。どんな時かという具体例は企業秘密なので書く訳にはいきませんが、どうしてもつかねばならぬ時です。(念のために言っておきますが、研究では絶対につきません)めったにありませんが、そのような時は自分の良心に確かめます、これは本当に嘘をつかねばならぬ時なのかと、シラード先生に教えを請うかのように。
シラードの十戒は、他も含蓄のある言葉ばかりなので、興味のある人はネットで検索してみてください。英語の「Szilard Ten Commandments」やドイツ語の「Zehn Gebote」だけでなく、日本語で紹介されているものもあります。
十戒以外にもシラードはいろいろな名言を遺しています。その中でも好きなのは、「この世界で成功するには、他の人たちよりもうんと賢い必要はない。一日早ければいいだけだ」というものです。特許なんかは完全にそうですよね。でも、この言葉は、おそらくシラードの若いころの経験によるものなのです。
先見性のあるシラードは、多くの人たちが大丈夫だろうと高をくくっている時、すでにナチスの恐ろしさを見抜き、ドイツからウィーンへと脱出しました。なんと、その翌日、国境で非アーリア人に対する取り締まりが始まったのです。こういうエピソードを聞くと、「一日早ければいいだけだ」という言葉の重みが違ってきます。
シラードは原爆開発に極めて大きな役割を果たしたのですが、大戦末期には日本への投下を阻止しようと活動します。この点だけをもってしても、複雑で、理解するのが難しい人だということがわかります。しかし、そういうエピソードを知って今回の座右の銘を眺めてみたら、いちだんと含蓄が増しはしまいか。
仲野 徹
大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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