記事・インタビュー
大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹
#10 手間はミニマム VS 横着は敵(by 仲野 徹)
連載第10回を記念して、自作の座右の銘を紹介したい。まずは「手間はミニマム」。これは座右の銘というよりも習い性だ。人生は思っているよりも短い。父親が、わたしの生後7カ月に35歳で亡くなったせいか、この考えがうんと若い頃から染みついている。なので、できるだけ効率よく生きることを心掛けてきた。
世の中、無駄なことが相当にある。いっちゃあなんだが、大学における事務仕事もそういう面が強い。迷惑をかけない程度に手を抜く、といえば聞こえが悪い、元へ。効率化させることを心掛けている。完全に習わしになってしまっているので、自分に「手間はミニマム」と言い聞かせることはない。それよりも、先生、これどうしましょうかと尋ねられたときに、「適当に仕上げても全く問題ありませんから、手間はミニマムでいきましょう」などと口にすることが多い。
ただし、これには限度がある。手間を省きすぎて、かえって大きな問題につながることすらあるからだ。なので、手間を省くときには、必ず自問する。これは横着ではないか? 手間を省いても問題がないか? と。そのため、この習性と対になっている座右の銘が「横着は敵」である。
この言葉は、自分で実験をしていた頃に、何度も何度も、手抜きをして痛い目にあった経験による。四半世紀前には現役から引退しているので、これもずいぶんと古くからある私的座右の銘である。この言葉を紹介するとき、いつも例に挙げるのは、Okazaki Maneuver-岡崎マヌーバ、あるいは、岡崎法とでも訳せばいいのだろうか-DNA複製の岡崎フラグメントに名を残す岡崎令治のエピソードだ。
DNA複製機構の研究でのノーベル賞受賞者、アーサー・コーンバーグの研究室に留学していたとき、サンプルを大量に調整する必要に迫られた。まず、小さなチューブで実験を行い、条件検討を行った。ふつう、次は大きなチューブにスケールアップしてやりたくなる。それが人間のさが性というものだ。しかし、岡崎は違った。膨大な数の小さなチューブで実験を行ったのだ。チューブのサイズを変えると、熱の伝わり方が違ってしまったりするので、確かにその方が確実である。しかし、じゃまくさいので、なかなかできることではない。それを見ていたコーンバーグが「Okazaki Maneuver」と名付けて絶賛した。これを、わたし流に言わせると、「横着は敵」ということになる。
肝心なことは、「手間はミニマム」と「横着は敵」をきちんとセットで使うことだ。なんでもかんでも細かいことまで気にしすぎたらキリがない。だから手間はミニマムでいくべき。でも、横着をかまして失敗したら、元の木阿弥。結局は、最初からきちんとやっていた方が早く済む可能性もある。だから、この二つのバランスをうまくとることが、人生の燃費を上げるコツなのだ。
ここでちょっと宣伝。『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)という本を上梓いたしました。大阪大学の新入生に行ったゼミを本にしたもので、シンプルな考え方の重要性を説きながら、プレゼンや論文の書き方を身に付けてもらおうといった内容でございます。新聞書評でも取り上げられ、絶賛発売中なので、何卒よろしくお願い申し上げます。ということで、元へもどります。
その本でも紹介した自家製格言がある。「一貫性はアホの免罪符」というものだ。ある程度の一貫性はいいが、時代はうつろう。なので、しがみついている一貫性が本当に正しいのかどうかを常にチェックしなければならない。しかし、一貫性というのは、どちらかというと好ましいものとされているので、なかなか手放しにくい。そこでこの言葉だ。ある考えに固執するのが果たして正しいのかどうか。何も変えないことの免罪符として一貫性を維持しているにすぎないのではないか。常に自問すべきである。
ただし、この言葉は自分に問いかけるにとどめておいた方がいい。議論が白熱して、いつまでも考えを変えない相手に発するのはご法度である。いちど、つい言ってしまって、えらく怒らせたことがあるから間違いない。
もう一つ、これは世界的な真理なのだが、決して他人に向けて放ってはならず、自分に発するにとどめておくべき格言がある。それは「ホンマのことを言われて怒るのは人間のカス」というものだ。正しいからといって、欠点を相手に伝えておいて、この追い打ちをかけるのはよろしくない。特に配偶者間では……。
仲野 徹
大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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