記事・インタビュー
「働き方改革関連法」が施行され、医療機関や医師個人においても、その働き方を大きく改革していく必要がある。その中で特に注目されているのが「AI」。国内で初めて薬事承認を取得したAI商品である内視鏡画像診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN®(エンドブレイン)」の開発者の一人、三澤 将史氏に話を伺った。
自他ともに認める凝り性、そして何より内視鏡が大好きな三澤氏が、AIをどのように活用し、今後どのような未来を見ているのか、若手医師へのメッセージとともにお伝えいたします。
「手に職をつける」が合言葉
三澤氏は昭和55年、埼玉県川越市に生まれた。親はサラリーマン。物心がついた頃から家族の合言葉は「手に職をつける」だった。彼が具体的に将来を意識し始めたのは早稲田実業学校高等部時代。「はじめは弁護士になろうと思っていました」。だが、身内が大病したのをきっかけに、病気を治すことのできる、そして“資格商売”である医師を目指した。
入ったのは新潟大学医学部。「医学生時代の思い出といえば、卓球と森悠一君に出会ったことです」。森氏はEndoBRAIN®の発案者であり、医学部、初期研修、そして現在勤務する昭和大学横浜市北部病院消化器センターに至るまでずっと同じ環境で働いてきた、切っても切れぬ一蓮托生の関係だ。
消化器内科との出会い
消化器内科を目指したのは医学部6年生のとき。厚生連長岡中央綜合病院へ見学に行った際、指導医の冨所隆先生(現長岡中央綜合病院院長)の内視鏡処置に感銘を受けた。それまで、内科は診断と薬剤選択だと思っていたが、内視鏡だと病変を切除したり胆石を取ったり、頭だけでなく手先も使う。やりがいと面白みを感じ、森氏と消化器内科医になることを決めた。
長岡中央綜合病院は新潟でも屈指の人気病院であった。人気の理由は、自由度が高く症例をどんどんやらせてくれるから。手技、処置、主治医、救急の日当直、成長できる病院で働きたかった彼にとって、この上ない環境であった。
やるからには世界一を目指す
後期研修先も迷いはなかった。現勤務先でもある昭和大学横浜市北部病院を選んだのは、2006年当時消化器内視鏡でナンバーワンの施設と謳われ、症例、そして何より三澤氏の心を動かした工藤進英氏がいたからである。
「研修医当時から大腸内視鏡が大好きで、Pit pattern診断で有名な工藤先生の教科書を愛読していました。その工藤先生が新潟に講演に来られた時にEndocyto(超拡大内視鏡)の講演をされていました。そのとき、とんでもない先生がいらっしゃる!ぜひ工藤先生のもとで勉強したいと強く思いました。講演後、すぐに森君と一緒に工藤先生に詰め寄って、病院見学をお願いしました。次の週には医局勧誘会に参加し、その場で入局を決めました」
このフットワークの軽さが、彼のその後の進路に大きく影響をもたらす。
AI内視鏡「EndoBRAIN®」の特徴
AIとは、概念が広いためここだけで説明するのは難しいが、「機械が人の振る舞いの一部を担うもので、多くのデータをあるアルゴリズムで学習させることによって、未知のデータが来たときに推論できるもの」が三澤氏の考えているAIの定義である。簡単にいうと、データベースに膨大なデータを入れて学習させ、何かしらの結果を出すプログラム全体のことである。
もう少し深い話をすると、機械学習はDeep Learningとnon Deep Learning(以下、non Deep)に分かれ、大きな違いはデータセットの特徴を自らが行う特徴があるかどうかである。
例えば、EndoBRAINは2商品(EndoBRAIN®、EndoBRAIN®-EYE)が薬事承認を得ているが、それぞれ別のプログラミングで作られている。
non Deep版(EndoBRAIN®)はポリープが腫瘍か非腫瘍か診断するAIであり、血管や、細胞、腺管構造などの特徴抽出を人間が数値化し、プログラムを組んでいる。一見、人間の視点でデータが取れるため効率的に見えるが、かなり難易度が高く、最適な特徴抽出方法を見出すのに膨大な時間がかかる。
一方 Deep Learning(EndoBRAIN®-EYE)は、大量の時間を費やしていた特徴抽出をオートマティックに行い、決まったアルゴリズムにデータを大量に入れてあげると勝手にデータの特徴を学習し、人間が指定しないような細かい部分も抽出してくれる。プログラムさえ作ればあとは自動でやってくれる優れものだ。
当然のことながら、前者のEndoBRAIN®をDeep Learningにという声は出てくるが、EndoBRAIN®は超拡大内視鏡の画像データをもとに判断していて、画像の情報量が通常の内視鏡と異なるためそのまま応用することはできない。今後は少しずつアップデートをして、より精度が高く、使いやすい仕様にしていく予定である。
AIとの出会い
そんなAIと三澤氏の出会いは、医師8年目の2013年に遡る。消化器内視鏡専門医を取得し、一通りの手技や鑑別はできるようになった。しかし彼が感じていたのは自信ではなく不安だった。消化器内視鏡は技量の差や自分の成長が目に見えて分かるため、最初はそこが面白い。しかし指導する立場になると、内視鏡一番の醍醐味である「自分の主観で診断する」ことに疑問を感じてしまった。
「一部のエキスパートはできるが、裾野の人たちはうまくできない。工藤先生のPit pattern診断は大腸内視鏡診断を体系化したのである程度診断できるようになったが、大腸内視鏡が専門でない医師からすると、難易度は相当高い。」
内視鏡を専門としない外科医や総合内科医でも、一定のスキルさえあれば専門医と同様の鑑別ができるよう、医療の標準化ができないだろうかと思っていたとき、森氏がコンピューター診断のアイデアがあるから一緒に研究しようと声をかけてきた。それは第3次AIブームが始まる前で、Deep Learningという言葉も一切聞いたことのない時代だった。
薬事承認までの苦難
内視鏡診断AIを開発するには資金が必要である。工藤氏の協力のもと科研費を獲得することができたので、オリンパスに共同研究を持ちかけた。そこから紹介してもらったサイバネットと開発することになった。
考案したアルゴリズムはシンプルで、細胞の核の部分を抜き出しロジスティック解析で分離させれば、腫瘍か非腫瘍かの鑑別ができるのではないかというものだ。サイバネットには、その核の部分を抜き出す処理をリクエストした。
1年間、森氏とサイバネットとで大変な努力を重ね、なんとか開発を終えた。しかし性能はあまり良くなかった。最悪だったのは、「なにが要因なのかがわからない」ことだった。
さまざまなことに挑戦したが、上手くいかない。自分たちのアルゴリズムに限界があると感じた二人は、AI研究のエキスパート、名古屋大学大学院情報科学研究科の森健策教授のもとに、藁をもすがる思いで向かった。
だが考えることは皆同じ。森教授は医療画像研究で大変高名であり、多くの共同研究のオファーを快く受けて入れていた。そこで彼らが行ったのは「三顧の礼」※。
※三国志で劉備が諸葛亮を三度も訪問し軍師に迎えたという有名な故事。
「あの時は必死でした。5分、10分と短い面会時間であっても、なんども名古屋の研究室に通いました」
のちに森教授に聞いた話だが、「医工連携でよくあるのが、“プログラミングを作ってくれ”と投げておしまい。君たちは、そんな業者や医師と違った」と。嬉しかった。持ち前の凝り性な性格とフットワークの軽さが功を奏した瞬間だ。そしてこれは、森氏とだからこそできたことだ。
森研究室との共同開発により、成果は格段に上がった。翌2014年11月、薬事法により画像解析、診断するソフトウェアが規制対象となったこともあり、2015年、満を持して薬事承認を取りにいくこととなった。
しかし試練はさらに続く。資金だ。実は当時のサイバネットの研究資金は潤沢ではなく、どこからも援助はない。となれば、「自分たちで資金調達するしかない」。そこで上司である工藤が、当時設立されて間もないAMED(日本医療研究開発機構の助成金)に申請を行った。2016年夏、4度目の挑戦で1.5億円を獲得。その後2018年11月に薬事承認を得て、2019年3月にようやく臨床現場に導入された。今では約50施設で活用されている。
2020年1月にはEndoBRAIN®-EYEの薬事承認も得ており、今後ますます臨床現場での活用が期待されている。
AIはデータ作成がすべて
「AIの大変なところは、型を作るところでもなく、資金調達でもなく、データを作ること」
物体検出のアルゴリズムは世界中にごまんとあるが、実際に型を作ったのは世界中で数名だけで、多くの研究者は作られた物を使い回している。そのアルゴリズムをいかに的確に、場面に応じて選択できるか、前処理、後処理、実臨床のパソコンのスペックにアジャストさせるか、そこを考える必要はあるが、三澤氏が自らアルゴリズム作ってみて気付いたことは「最後は正確な学習データを作る根性だけ」。そこにしか差は生まれない。
一方で、この学習データを操作すれば、有利な数値を出せることを三澤氏は知っている。「自分は歯車となって働く方が性に合っている」と言うが、実臨床で使った際にしっかり動くこと、医療の標準化を図ることが、三澤氏の医師としてのプライドである。
現在の内視鏡AIでは働き方が劇的に変わることはない
「人間は疲れますが、AIは疲れません。だからAI内視鏡での検査クオリティは確実に上がります。ただ、これが劇的な変化をもたらすことは考えにくいです。」
大腸内視鏡検査でのポリープ発見率は、午前中は高く、午後は低い。医師の疲れが溜まればパフォーマンスは落ちる。当直明けであればさらに低下する。
タスクシフティングと内視鏡AIで働き方が改善するという意見もあり、海外では実際にNurse Endoscopistが活躍し、タスクシフティングが進んでいる。しかし日本で法律上許可されるかどうか、また、いくら内視鏡AIがあるからといっても技術とは別問題である。
内視鏡を大腸から真っ直ぐ抜いてくるだけでは見えない箇所もあるし、大腸の中でヒダをかき分けながら裏を見るのは熟練した技術が必要である。「まだまだ越えていく壁はたくさんあります」
ただ、放射線のAI読影は驚くほど楽になり、現在ではレポート生成も研究されている。これが実用化できると、医師の働き方も大きく変わる可能性がある。
また、AIに報酬を与えることで精度を上げる「深層強化学習」も注目されている。現状ではアルファー碁や将棋など一部でしか活用されていないが、大変ユニークな考え方である。「医療=ルール」というハードルは高いが、三澤氏は医療分野においても、その可能性に注目している。
医学生・若手医師へのメッセージ
医学生には、「今のうちに世界を見ろ!」と伝えたい。
内視鏡分野において日本が世界に優っているのは手先の器用さ、いわゆるテクニックだけであり、大規模スタディーや疫学は世界から圧倒的に遅れをとっている。人口が減少していく日本に留まるよりも、医学生のうちから海外に出て、世界に発信していく能力を身につけてほしい。
初期研修医には、「See one, Do one, Teach one」。1回で見て、やってみて、そして教えられるくらいの意気込みで日々過ごしてほしいです。頭を動かすことも重要ですが、研修医の時期はとにかく手を動かす。そして教えることの大切さを学んでくれたら、3年目から一人前として働けます。
あと、Pythonを勉強してみてください。AIに限らず、医師はデータを扱うことが多い職業です。Excelでもいいですが、Pythonで型さえ作ってしまえば、あとは勝手に学習して集計作業などがすごく楽になります。
よく「覚え方を教えてください」と言われますが、まずは自分で参考書を買い、手を動かすことをお勧めします。それで分からないところを家庭教師のようにスポットで教えてもらう方法が一番覚えます。「日常生活を豊かにするPython」ぜひ勉強してみてください。
最後に、消化器の症例はまだまだ減らないので、ぜひ消化器をやってほしいです(笑)。
あとがき
AI内視鏡によって医師の働き方が大きく変わることは、ここ数年間なさそうだ。三澤氏をインタビューして一番感じたのは、医師の働き方改革とは、医師の働き方を楽にするという考え方でなく、「どうすれば患者さんにいい医療を提供できるのか」を常に追い求める、医師として当たり前の姿だった。今年40歳を迎えるまだまだ若い三澤氏が、今後どうAIを活かしていくのか、ますます目が離せない。
(聞き手・文/榊 隆宏)
<プロフィール>
三澤 将史(みさわ・まさし)
1980年埼玉県出身、早稲田大学系属早稲田実業学校高等部、新潟大学医学部卒。2007年厚生連長岡綜合病院にて初期研修終了後、昭和大学横浜市北部病院消化器センターへ。2013年消化器内視鏡専門医取得。2013年よりAI内視鏡研究を始め、2018年11月内視鏡画像診断支援ソフトウェア「EndoBRAIN®」が薬事取得。翌2019年には「EndoBRAIN®-EYE」も薬事取得。
今後AI内視鏡分野で注目される医師の一人。
三澤 将史
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