記事・インタビュー

2024.07.22

【Doctor’s Opinion】循環器医療の集約化と分散・連携 ― 働き方改革・若手専門医の育成・地域医療のために ―

公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 院長 / 東京医科歯科大学 名誉教授

磯部 光章

働き方改革と循環器医療

ライフワークバランスを重視する価値観を持つ医師の増加は時代の流れである。働き方改革が実施され、医師の就業時間が減少している。その中で循環器医療は技術が高度化して、医療に必要な人員数が増加する一方で、医師数は増加しても循環器医や外科医を目指す若者が減少している。また少子高齢多死化と都市部への人口の集中傾向、より安全で高度な医療を求める国民の意識の高まりなど多様な要因が循環器医療の提供体制を取り巻き、循環器医療は逼迫の度を増している。国民が享受してきた均質な医療と自由アクセス、医師にとってはさまざまな選択の自由といった日本医療の伝統的特質の負の側面が一気に表面化してきている。

循環器医療の均霑化・集約化の必然性

深刻なのは高度で質の高い医療を保てなくなること、および次世代を担う人材育成が困難になることにある。そこで求められているのが、施設、専門医の均霑化と集約化・分業化である。その要点は①医療安全の確保、②高水準の医療提供の維持・発展、③医師の労働環境と処遇の改善、④次世代の専門医の人材育成にある。

適正な施設の配置を考えるときに循環器医療をひとくくりに考えることは難しい。急性期心血管疾患を大きく心不全、急性冠症候群、大動脈緊急症に分類すると、心不全は必ずしも緊急手術を必要としないが、極めて発症率が高い。急性冠症候群の発症率は心不全の約半数であるが、発症2~3時間以内のPCI(冠動脈インターベンション)等の急性期処置が求められる。一方、大動脈解離など大動脈緊急症の発症率は心不全の10分の一程度とされるが、緊急に外科的治療が必要とされることが多い疾患である。

循環器内科における施設の均霑化と分業

現在、PCIが可能な循環器内科施設は多数存在するが、緊急PCIの実施率は地域により異なっている。人口当たりの循環器専門医数は関東を境にはっきりと西高東低になっている。限られた医師を適正に配置することと施設間の連携、交通網を配慮した搬送体制の整備により、施設と専門医数の均霑化を目指すべきである。必ずしもカテーテル治療や手術を必要としない高齢者の心不全については地域密着型の一般内科で広く診療を行うべきではないか。行政・学会主導での患者の適正な医療施設への誘導、専門医の適正な配置もやむを得ない段階である。

心臓血管外科の集約化と連携体制の強化

一方、大動脈解離などの緊急心血管手術を24時間行える施設は限られている。質の良い医療は量をこなすことで初めて達成される。実際、心臓手術の成績は症例数の多い施設で良好である。救命と難度の高い心血管手術の質の高さを保つために、適切な症例数が確保できるセンター的病院への集約を優先させるべきである。集約化は医療コストの低減にもつながる。アクセスに齟齬が生ずる地域の問題は救急搬送体制の見直し、医療DXの活用による遠隔カンファレンス、遠隔画像診断などを通じた連携体制の強化によって補うしかあるまい。

集約化は若手の人材育成に必須

心臓外科では人材育成に当たって教育に一定の時間が必要であると同時に、適切な症例数の診療機会を集中的に設けることが必須であるが、現状では、施設の分散のため、個々の医師が経験できる症例数には限りがある。この状況で若者の循環器離れ、外科離れが加速している。

小児心臓外科は状況が特に深刻である。先天性心疾患の手術治療の高度化、早期化が進み、その中で専門医の絶対数が不足する未曽有の事態である。現在年間約9000件の手術が約150の施設で行われ、90施設では年間手術件数が50例未満である。この弊害は、施設当たりの外科医の恒常的不足を招き、手術成績への影響も大きい。小児心臓外科医は長時間の勤務を強いられることになる。医師数の少ない施設ではそれが顕著であり、修練を必要とする症例数の減少を招き、若手医師の修練期間が延びることにつながっている。

これまではタブーであった医師の業務内容や技術レベルに応じた手当や処遇、医療機関が提供する診療の質に対応した診療報酬の見直しも求めたい。

国民の皆保険と自由アクセス、医師の診療科や勤務する病院の選択の自由をもとに拡大と拡散を続けてきた我が国の医療提供体制であるが、その弊害はすでに臨界点を超えている。高度化する医療を背景に、人的・物的医療資源、資金には限りがあり、その中で医師の労働環境の改善も待ったなしである。医療、医師の公的な役割を考える中で、国民の医療を守るために循環器診療施設と専門医師の適正な配置について大きな決断をすべき時期がきている。

磯部 光章  いそべ・みつあき

1978年東京大学医学部卒業。東京大学第三内科、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院心臓内科、信州大学第一内科を経て、2001年東京医科歯科大学循環器内科主任教授。2017年より現職。元日本心不全学会理事長。日本循環器学会八木賞、日本心臓財団佐藤賞、日本心臓病学会栄誉賞、ヘルシーソサエティ賞教育部門など受賞。「ドクターの肖像」2020年11月号に登場。

※ドクターズマガジン2024年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

磯部 光章

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