記事・インタビュー
徳島県立三好病院
院長
住友 正幸
当院は四国の中央部、中山間地220床の病院である。こうした病院は全国的に一様に医師不足で、地域住民も患者も減少している。若い医師になかなか来てもらえない。それで、初期臨床研修のプログラムを作った。キャッチコピーは「病を通して生を診る」に決めた。
そもそも地域を守ってきた医師は、どのような動機で医療を目指したのだろう?「あの時、村に医師がいたら、母は生きていたかも」「お父さんの麻痺は軽かったかもしれない」そんな思いが、医師を育て、所謂僻地の医療を支えてきたのだろうか。
医療は「人の健康の維持、回復、促進などを実現するための活動」とされ、医学はその研究を担う学問である。では「健康」とは何か?WHOによれば、「健康とは、単に疾病や病弱でないというだけではなく、身体的、精神的、そして社会的に良好な状態(well−being)をいう」と定義されている。これに「スピリチュアル」を加えれば、がんの4つの疼痛に対応しているが、これらは、パウロが「霊(spirit)と心(soul)と体(body)を健やかに保つ」よう勧めた(第1テサロニケ5:23)ことに由来しているのだろう。西洋において人の健康とは、長い間「霊と心と体」の良好な状態であったのだ。
これらから「霊」が無くなるのは、かのデカルトが「心身二元論」を説いてからだといわれている。その後、「体」の医学は、臓器へ、細胞へ、そして分子・原子へと至る。「心」は精神科の学問として確固としたものとなった。しかし、医師は「人」を診なくなった。
今世紀、こうした医学のあり方の反省から「全人的医療」が叫ばれ、細分化した専門家は「チーム医療」に再編成された。「心」の擁護者である精神科医や、ソーシャルワーカーなど他職種も加わり、医療は分子から細胞、臓器、全身を越えて「社会」にまで広がった。それはそれで素晴らしいのだが、なんとなく、どことなく、シックリこない。考えてみたら、「スピリチュアリティ」はどこへ行ってしまったのか?
日野原重明先生の講演録である「サイエンスとアート」(『医の原点』加我君孝・高本眞一編、金原出版、2002年)を読み返してみて、驚いた。医学の習得・評価は知識、技能、態度よりなるが、前二者がサイエンスであれば、態度はアートである。人間が「からだ」「こころ」「精神(spirit)」を「良く生きる」ことに「価値」があり、「癒し」こそは「医のアート」である、と述べられている。「スピリチュアリティ」をもたらすのは「アート」なのだ。
クリスティーン・ブライデンさんは、元オーストラリア首相の科学技術顧問で、46歳で認知症と診断された。彼女は、認知症を自らの内より科学し、世の偏見を打ち破るとともに、ケアのあり方などについて世界的変革の先鞭を付けた方である。その彼女が、講演集の中で次のように述べている。認知機能の仮面の下に、感情と関係性と感覚をつかさどる仮面があり、この二つが認知症の猛攻撃を受けて色あせても、その下には手つかずの広大なスピリチュアルな自己が広がっている。彼女にとって認知症は「ともに生きる旅路」の連れであり、決して「人生の終末像」ではない。この彼女の言葉は、生きることの価値が「スピリチュアリティ」に大きく依拠していること、生への希望を共有できるケアが何よりも重要であることを教えてくれる。
「スピリチュアリティ」とは「本人が大切にしていること」と淀川キリスト教病院の池永昌之先生に教わった。それは「幸せ観」とも感じられ、他にこれを見出すには多分にアーティスティックな感性を必要とするが、ブータンならずとも東洋には古より存する感覚である(“ The art of happiness ” Dalai Lama,2009)。患者を助けるために日夜努力し、気管切開や胃瘻を作成する。しかし、どことなく不消化感が残り、やがて「生」と「幸せ観」への慮りが足りなかったことに思い至るのである。
私にとって「医の目的」とは、「幸せ」を求め、医療の観点から人を支え、寄り添うことである。如何に高齢であろうと、重病であろうと、認知症の人であろうと、幸せ観や希望は存在する。その一日を、明日を、「その人らしく」どう生きるのか。「病を通して生を診る」そんな医療者を育てたい。
すみとも・まさゆき
1981年 徳島大学卒業。徳島市民病院、国立療養所東徳島病院、徳島大学医学部附属病院を経て、2013年徳島県立中央病院副院長(経営企画担当)、2014年より現職。
診療情報管理士、日本胸部外科学会認定医、日本呼吸器外科学会専門医、日本呼吸器内視鏡学会指導医
※ドクターズマガジン2017年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
住友 正幸
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