記事・インタビュー
ドイツ語の語学学校に通いつつ、もっと生のドイツ語に触れなくてはと考え、何かしらドイツ人のコミュニティーに参加することを考えるようになりました。
いざ、ミュンヘンの空手道場へ
日本に興味を持っている人ばかりで、ドイツ語ができなくても参加できそうな、そんな都合のいいコミュニティーはないかなー。ドイツ人の友達欲しいなーと考えていたところ…
――そうだ、俺には空手があったじゃないか! 今でこそちょっとポッチャリな感じになっちゃったけど、かつては3代目滋賀医科大学空手部主将として(入部当時は空手同好会)青春をすべてブチ込んで稽古した空手があったじゃないか!――
そもそもドイツは空手が非常に盛んで、どんなに小さな街でも必ず一つは空手道場があり、世界大会で活躍する選手も輩出する、隠れ空手大国です。
さっそく語学学校への通学途中にある空手道場をGoogle検索すると、3件ヒットしました。その中で、指導者の空手道着が黄色だった道場と、空手と一緒に忍術を教えている微妙な感じの道場を除くと、自動的に一つの空手道場に決まりました。
見学に訪れると、そこは50-60人の練習生を抱えるヨーロッパでも最大級で、現役ドイツチャンピオンやヨーロッパチャンピオンが数人在籍しているような道場でした。練習風景がガチ過ぎて「そうじゃないんだけど…」という感じがしなくもなかったのですが、とりあえず練習終わりに師範らしきおじいさんに声をかけました。
当時の私の未熟なドイツ語では「私は日本から来た。空手がしたいです」と伝えることで精一杯でしたが、「なんだ、お前、空手やりたいのか? 一緒にやろうぜ!」(正確には何て話してるかサッパリでしたが、気持ちは伝わりました)と熱烈に歓迎されました。

その師範はセプと名乗り、「自分も日本語の勉強をしたいから」と、週3回、練習の前に1時間ほどドイツ語の個人レッスンをしてくれることになりました。彼とは今でも連絡を取り合う大事な友人です。
彼は私が生まれる前の世界選手権で個人銅メダルを獲得したことがあったそうです。因みにミュンヘンを去ってから知ったのですが、彼はドイツ空手協会の会長でした。当時彼はよく「俺はドイツ空手のプレジデントだ」って言っていましたが、ずっと冗談だと思っていました。ごめんなさい。
渡独のときには空手をする予定はなかったので道着など持ってきておらず、また自分が空手経験者であることを伝えるほどのドイツ語も持ち合わせていなかったので、練習初日に空手道着と一緒に白帯を渡され、初心者コースへ行くように指示されました。語学目的で訪れた空手道場でしたが、「そうか、俺はもう一度黒帯を目指して空手の稽古ができるんだ」と思うと、ちょっと燃えてきました。
練習が始まり、基本動作の動きをゆっくり確認しながら体を動かしました。ドイツ人は割と力任せで、ブン回すような感じで動くのですが、本来の武道の動きでは、「静から動」への移行を重視します。ゼロからいきなり100のスピードに持っていく感じです。これが「技のキレ」と言われるものですが、それが珍しいのか、練習中みんながチラチラこちらを見ているのがわかりました。
休憩時間になるとみんな寄ってきて「今の突きをもう一度見せてくれ」「どうやったらそんな突きが出せるようになるんだ」と質問攻めにあいました。久しく味わっていなかったチヤホヤでした。
そんな中、一人、私のことを気に入らない感じの視線を送ってくるお兄さんがいることに気付きました。いわゆる「ガン飛ばし」です。背丈は同じくらいだけど明らかにガタイが私より良くて、何より全身に彫られたタトゥーが道着の隙間から覗いている、オラついた兄ちゃんでした。
うん、気に入らないよね。いきなり自分のテリトリーに入ってきたやつがチヤホヤされてたら――
空手は武道であり精神論が云々なのですが、まあでもそこは格闘技なわけでして。
後半の練習が始まり、フリーの組手の稽古となりました。自由に相手を選んで組手を行うのですが、数人と手合わせをして体が温まったところで、例のイレズミ兄ちゃんが自分の前にやってきました。
イレズミ兄ちゃん、ガタイが良いだけあって、パワーもスピードも私なんかよりずっと上です。しかし空手はそんな単純なものではありません。上手くスキを見つけては殴りました。残念ながらアラフォーの私は「一撃必殺」みたいなパワーもスピードも持ち合わせていないので、ひたすらポカポカ殴り続けました。
ある程度のところで、兄ちゃんの表情がゲンナリしてきて、心が折れかかっているのがわかりました。そこで、飛び込んできた兄ちゃんのタイミングを合わせて、足払いでスッテンと転ばせました。そこですぐに突きを入れると、試合では「崩して一本」になるのですが、ここはあえて追撃せず、ゆっくり上から見下ろしながら立ち上がるのを待ちました。「早よ立てや」と言うやつです。
自分も結構ギリギリだったのですが、まあ多少は演出も加えてみた感じです。その後、ゆっくり立ち上がった兄ちゃんは休憩を申し出て、道場の隅っこに座り込んでしまいました。ちなみにこの兄ちゃん、今は黒帯になり、先日ドイツの大会でメダルを取ったみたいです。
練習が終了し、初心者コースの師範が何やら笑顔で話し掛けてきました。肩を叩きながら、多分「お前、経験者だったのか! 早く言えよ!」的なことを言われたのだと思います。その場で黒帯を渡され、「次からは上級者コースに行ってね」と告げられました。かくして、自身2度目となる黒帯取得への道は一日で終了したのでした。
これが上級者コースです。この中にも何かしらのチャンピオンが結構いてます。
空手道場で無事に受け入れてもらえ、練習終わりの飲み会にも毎回参加し、たくさんのドイツ語に触れることができるようになりました。そしてついに、ドイツ語の試験へと挑むことになったのでした。
<プロフィール>

安 健太(あん・けんた)
カールスブルグ心臓糖尿病センター
心臓血管外科 医師
安 健太
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