記事・インタビュー

2019.11.01

ヨーロッパで心臓外科医やってます(1)

2015年、手術のトレーニングを積みたいと思い立ってたどり着いたドイツは、移民問題が噴出している真っ最中! 外国人医師をどう扱うか毎週のように変更されるルールはもはや役所の人間も把握できておらず、誰に聞いても分からなくて…本当に大変でした。当時の大変だったことと、どうやってそれを解決していったのかを思い出しながら書いていこうと思います。ドイツで働く外国人医師がどういう状況なのか、ちょっとでも皆様に伝われば幸いです。

ハンザ都市、グライフスヴァルト

現在、ドイツ北東の隅っこに位置するグライフスヴァルトという街に住んでおります。バルト海(ドイツではOstseeと呼ばれています。「東の海」という意味です)に面している非常に綺麗な街です。グライフスヴァルト大学という大きな大学の施設を取り囲むように街が広がっていて、学生が多いので活気があり、夜12時を過ぎても一人で歩いている女性があちこちにいるくらい治安がいいのが特徴です。

グライフスヴァルト大学は医学と物理が強みらしく、日本から物理の研究で来ている方もおられます。医学もヨーロッパで5番目?くらいに解剖実習を行った、歴史ある医学部だそうです。

つい先日、大学病院の建物が新築され、最新鋭の設備に囲まれたすごい病院になりました。病院の中を食事や書類などを運ぶ全自動ロボットが動き回っています。このロボット、荷物が重いと角を曲がりきれなくなり、廊下の交差点の真ん中で何度もハンドルを切り直すことがあります。その間医師も患者も交差点を渡れず足止めを食らうという状況がちょくちょく見受けられます。効率化を目指すあまり結局非効率になっているのが、いかにもドイツらしいなと思います。

で、私がそんな病院で働いているのかというと、そうではなく、その最新鋭の病院の前を通り過ぎて南東へ20キロ、車で20分ほど行ったところにあるカールスブルグ心臓糖尿病センターという小さな病院が勤務先です。この世の果てのようなど田舎で、毎日地平線から昇る朝日を見ながら通勤しています。一応グライフスヴァルト大学の関連病院になりますので、循環器系以外の合併症が発生した時は大学病院からヘルプが飛んできてくれます。

カールスブルグ心臓糖尿病センター

もともとは第二次大戦前にゲハルト・カッチュという「ドイツ糖尿病学の父」みたいな感じの偉い先生が建てた糖尿病センターが前身だそうです。その後に心臓センターも併設され現在に至ります。

田舎なので病院の敷地はかなり大きいです。散歩コースのある森や、サッカー場なんかもあります(誰も使っているのを見たことないですが)。病院の建物自体はさほど大きくありません。

行っている治療は、ドイツの中では極めてオーソドックスな治療ばかりです。「ここでしか経験できない手術」みたいなのは特にありません。開心術件数も年間1,000例弱程度で、ドイツの中ではかなり少ない部類だと思います。TAVIは年間250例以上、MitraClipは年間80例程度行っていて、院長はこれらのカテーテル治療を売りにしていきたいと思っているようです。心臓外科は血管手術が多く血管外科専門の先生も数人いますが、血管外科の先生が開心術の執刀をしたり、心臓外科の先生が下肢のdistal bypassやステントグラフトを行ったりしていて、みんなまとめて「心臓血管外科」と言ったほうが正確だと思います。

心臓外科、循環器内科共に外国人医師が多いのは、ドイツの他の病院と同じです。ただ、近年は中東からの移民医師が急増しているのに対し、当心臓外科では地域柄、東欧・ロシアからの医師が多いです。多いというか、ほとんどそうです。「外国人医師の中で東欧・ロシア人が多い」という意味ではなく、「当心臓外科のチームはほぼ東欧・ロシア人で占められている」という意味です。コミュニケーションは原則的にはドイツ語ですが、たまにロシア語で言い合いになったりしている場に遭遇することもあります。

因みに、「ドイツ人は勤勉」というイメージが日本ではありますが、私はそれは違うと最近感じています。ドイツ人は自分の責任下の仕事は(おそらく嫌々)やりますが、とにかく早く切り上げて家に帰りたがる傾向があると思います。ちょっとでも残業すると人生の一大事みたいな空気でイライラし始めて、仕事の内容も適当になっていきます。一方、意外にロシア人の医師たちは文句タラタラ言いながらも、遅くまで残ってキッチリ仕事して帰るイメージです。まあもちろん個人差が大きいですから一括りにするのは失礼な話なのですが…

あと、理由はよく分からないのですが、当院の循環器内科にはインド人医師がたくさんいます。どのインド人医師に聞いても「偶然だよ」としか返ってこないのですが、そもそもドイツでそんなに沢山インド人を見るわけではないのに、こんな田舎の病院が「偶然」インド人医師だらけになることなんてあるのか?と若干疑問に思っています。

ドイツに来てから、本当に紆余曲折を経て今の病院にたどり着きました。実習生として、世界的に有名な大きな病院や、小さな診療所に至るまで、たくさんの施設でドイツの医療を肌で感じることができました。(別に望んでそうなったわけではないのですが…)

ドイツでの外国人医師の扱いがこの数年でどう変化していったのか、州によって変わるルールや、それに対する外国人医師たちが取っている対応策など、ドイツに来ないと分からなかったことをちょっとずつ書いていけたらいいな、と思っています。
よろしくお願いいたします。

 

<プロフィール>

安 健太(あん・けんた)
カールスブルグ心臓糖尿病センター
心臓血管外科 医師

2004年滋賀医科大学卒業。現在ドイツで医師免許取得し、心臓外科医として働いています。空手三段。学生時代に世界大会・アジア大会に出場経験あり。東京五輪で空手が正式種目となりました。あと16年早かったらな…と思いつつ、遠くドイツからオリンピックの成功を願っています。

安 健太

ヨーロッパで心臓外科医やってます(1)

一覧へ戻る