記事・インタビュー
イギリスのメディカルスクールを卒業後、家庭医(General Practitioner、以後GP)として10余年活躍し、2016年に日本に帰国された佐々江 龍一郎先生。イギリスの医学教育・医療制度・GPなど、「イギリスで医師として働くこと」について、ご自身の経験とさまざまな視点からお話しいただきます。全4回。
幼少期
――イギリスの医学部を卒業されたそうですが、お生まれがイギリスなのでしょうか。
私は東京の阿佐ヶ谷生まれで、生粋の日本人です(笑)。父が外交官ということもあり、いつか海外に行くであろうことはうすうす気付いていましたし、英語の家庭教師もいましたが、ほとんど喋れませんでした。インターナショナルスクールや大使館で開催されるサマーキャンプなどの行事に参加することもありませんでした。
小学校時代はかなりやんちゃで勉強などほとんどせず、のびのびと過ごしていました。もちろん、将来外国で働くなんて夢にも思っていませんでした。
―渡英されたのはいつごろでしょうか。また、生活にはすぐに慣れましたか?
1993年の夏、12歳です。ある日突然、父のイギリス転勤が決まり、ウィンブルドンに移住することになりました。あまりに急なことで、友達に別れを言う間もありませんでした。
生活はカルチャーが違い過ぎて全く慣れませんでした。一番の悩みはなんといっても「英語」。学校の授業はもちろん、日常生活を送る上で必ず使わないといけないし、喋らないといけない。最初の3年はとても苦労しました。宿題も親に手伝ってもらっていました。しかし3年を過ぎた15歳くらいからでしょうか、急に耳が慣れ、相手の言っていることが分かる瞬間が訪れたのです。私はこのことを「epiphany(気づき)」と言っています。
自国で生活していると感じませんが、実は最近、同じようなことがありました。イギリスで結婚したラトビア人の妻と一緒に帰国して2年ほど経つのですが、彼女が最近、日本語の独特なニュアンスや日本の文化に対し随分と適応してきました。まさしく「epiphanyが来た」のだと思います(笑)。
医学部受験
――イギリスでの中学・高校時代はいかがでしたか?そしてなぜ医学部を目指そうと思ったのでしょうか。
渡英して1年後、今度は父のスイス転勤が決まりました。どうするか迷いましたが、1つ年下の弟と一緒にイギリスに残ってボーディングスクールに入り、親元を離れて生活することを選びました。ボーディングスクールは中学校3年間、高校2年間の中高一貫カリキュラムでした。
医学部を目指そうと思った理由は3つあります。1つ目は、周りの友達に医学部志望が多かったこと。2つ目は理系のスコアがそこそこ良かったこと。そして3つ目は、医師は多くの人を笑顔にできる職業であること。ただ、進路を決めたのは高校の終わりごろで、クラスメイトよりも少し遅かったですね。
――日本ではよく「成績が良いから医師になる」と聞きますが、イギリスの学生もそのような傾向にありますか?
まず話しておきたいのは、イギリスも、医学部や法学部、経済学部は一般的にグレードが高いことに間違いはありません。ただ私が日本と違うなと感じるのは、イギリスの医学部の入試は「面接でのコミュニケーション能力」や「部活やサークル活動」の評価割合が高いことです。自分で言うのもなんですが、私が合格したのも、面接でのコミュニケーション力が評価されたからだと思っています(笑)。
――イギリスの医学部は「面接重視」なのですね。
そうだと思います。イギリスと日本では医学部入試における採点方法が全く異なっています。日本ではまず筆記試験の成績を基準に医学部に行けるかが決まり、次いで面接試験があると思いますが、イギリスでは面接試験の結果によって筆記試験のボトムラインが決まるのです。もちろん、医学部に入るためには基本的に「オールA評価を取れ」と言われますけれど。まれにUnconditional Offer(無条件合格)といって、あなたはどんな成績であっても我々の大学に入れますよ、という推薦のような制度もありますが、医学部では本当にまれです。
後でまた触れますが、イギリスのGPと日本の家庭医がもつコミュニケーション力の差は、この医学部入試における「スクリーニングプロセス」が大きなターニングポイントになっていると思います。それくらいイギリスの医学部受験はコミュニケーション力を重要視しています。
――佐々江先生の成績はいかがでしたか? また、推薦状やボランティア活動も必要だと聞きました。
最終試験はオールAでしたが、Predicted Grade(それまでの成績から算出される卒業試験の予想スコア)は「AAB」でした。受験する大学や面接試験の結果によってオファーは変わってくるので、私のように「B」があるからといって諦めず、しっかり面接対策を行えば良い結果が出るかもしれません。
推薦状は通っていた高校の寮長(Housemaster)に書いてもらいました。高校によって推薦状を書いてくれる人は決まっているようです。また、ボランティア活動は重要です。必須にしている医学部も多いですよ。日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、ボランティア活動は欧米では極めて一般的で、私も夏休みに帰国した際、東京の病院でボランティアをしました。
――イギリスでは受験できる大学の数も限られているそうですね。
はい。年によって異なりますが、4校か5校までアプライでき、それを大学と双方で順位付けしてマッチングするシステムです。マッチングには、出願手続きの窓口機関であるUCAS (Universities & Colleges Admissions Service)を通して、成績や履歴書、ボランティア活動、推薦状などを提出します。私も4校に提出し、2校(ノッティンガム大学、インペリアル・カレッジ・ロンドン)で面接を行いました。インペリアルは当時も競争率が高かったと思います。
―佐々江先生がノッティンガム大学を選んだ理由を教えてください。
5年制で少し早く医師になれるということと、他大学に比べて早い時期から患者と触れ合うこと(臨床経験)ができる点です。具体的には、基礎医学を学ぶ最初の2.5年の間も、座学と並行して週1回は病院へ足を運んで身体所見を学んだり、年1回OSCEを経験したりできるのです。
また、キャンパスライフが充実しているのも魅力的でした。ノッティンガム大学は日本で例えるなら名古屋大学のようだと思います。学生がとても多い街にあり、マレーシアや中国にあるブランチとの交換留学も盛んで、日本からもたくさんの留学生が来ていました。
――面接の試験対策はされましたか?
はっきりとは覚えていませんが、医学部受験用の面接対策本を読んだ記憶はあります。ただ、ノッティンガム大学の面接試験は本に書いてあるようなことではなく、「高校でどんな問題があったのか?」「その時どう対処したのか?」といった、問題解決力を問うような質問が多かったですね。
一番困ったのは、最後の「何か質問はありますか?」という問いに、「ノッティンガム大学に入学が決まったら、それまでに何をすればいいですか?」と質問したところ、逆に「あなたは何をしたいのですか?」と聞かれ、一瞬固まってしまったことです。すぐに開き直り、「大学に入る前に遊びたいです」と言ってその場を乗り切りましたが、もしかしたら、この時の正直さが認められたのかなと思っています(笑)。
――日本からイギリスの医学部を受験する方へのアドバイスをお願いします。
Don’t hesitate to express yourself.
「自分のアピールを恥ずかしがらずにすること」
これは日本人ならではですし、私が最も苦労した点です。日本では幼いころから親や周りの人に「自分の能力をひけらかすな、謙遜しなさい」と育てられてきますが、イギリスは自己表現、自己発信してようやく相手に理解してもらえる社会であり、日本のように何も言わなくても汲み取ってくれるということはありません。イギリスにいる日本人の多くは「ここで自慢したらいけないのではないか」と思いながら生活していますが、日本とは全く違うカルチャーです。アメリカと日本が真逆とすれば、イギリスはその中間くらいかなと思います。少し謙遜しながらも、自分を確実にアピールしていくアプローチが必要です。
面接においても同様で、「自分はなぜこの大学に行きたいのか」「なぜ医師になりたいのか」、ポイントを整理して、自分のことを積極的にアピールすることが重要だと思います。
佐々江 龍一郎(ささえ・りゅういちろう)
NTT東日本関東病院
総合診療科・国際診療科 総合診療医
佐々江 龍一郎
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