記事・インタビュー

2024.02.15

【Doctor’s Opinion】これからの感染症教育

国立大学法人 長崎大学 名誉教授 前学長

河野 茂

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」。そうなってはならない、そうならないように、すぐに対策をとるべきであろう。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経験したわれわれは、感染症教育の重要性を痛感したが、あの経験を忘れさられるのではないかと危惧している。今年が感染症教育の変革の元年と言われるようになればとの願いを込めて、感染症教育の中でも重要と思われる3つを取り上げる。

感染症への対応は、感染症を専門とする集団だけで成り立つわけではないため、多種多様な対象や目的に応じた教育を考慮する必要がある。

1.初等教育における感染症教育(ICT活用の重要性)

私がまず強く思ったことは、多くの国民に感染症とは何かを正しく知って欲しいということである。

例えば、ワクチン接種をめぐる混乱を避けるためには、今後小学校や中学校などの初等教育から感染症に関する正しい知識を普及する機会を提供すべきである。課外授業などで、自分の健康と感染症、その予防法を分かりやすく指導する時間を増やす取り組みである。これは感染症の専門家との連携によって成り立つものであり、学会等の役割にも期待したい。

また、教育方法においてもICTの活用が急速に進んでいる。これらを学校のみならず、家庭にも届けられる一般国民向けのコンテンツとしてぜひとも進めてほしい。

世の中にはSNSが普及しており、感染症の情報発信にも利用されてきた。これらのSNSは信頼性の面で課題があるものの、拡散性が高いため、Fake Newsの対局にある信頼できる情報発信が強く望まれる。また、Fake Newsに騙されないためには、平時から国民全体の感染症に対するリテラシーの向上も必要である。

2.医学部および卒後研修における感染症教育(やらせてみる重要性)

近年の医学教育においては医療現場で役立つ実習が重要視されている。特に重要な個人用防護具(PPE)の着脱法などは、VR(仮想現実)やメタバースでの教育や、遠隔地や感染流行地域におけるVRを用いた安全な教育も考慮されるべきである。今後の医学教育においては、このような実習のやり方をOSCE※1、PCC-OSCE※2、医師国家試験などにも反映させ、「やらせてみる重要性」が強く認識されるべきであろう。※1 OSCE…Objective Structured Clinical Examination ※2 PCC-OSCE…Post Clinical Clerkship OSCE

そもそも、感染症教育の基本は、原因である微生物の理解やそれによって惹起される感染症の病態、診断、治療、予防に関して、総論と各論という組み立てで行われている。一見ややこしそうな内容を、いかに面白く、分かりやすく、役に立つように変えていくかが、教育する側の工夫として問われている。やや古い話になるが有名な山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉が教育の神髄だと思っている。どう言葉で伝えるか、どう見せてやるか、どうやらせるかが教育者の腕の見せどころである。

医学教育において望むことは、感染症に興味を持ち、医療現場で役立つ基本的なことを学んでもらうことである。感染症教育に限った話ではないが、最も重要なことは、教育内容に「面白い、または楽しいこと」、「分かりやすいこと」、「役に立つこと」が求められる。また、肥大化する医学情報の中で、感染症に今以上の時間を割くことはますます困難となっており、教える内容とともに教え方にも課題がある。

自分からどう伝えるか、相手の反応を見ながら話す技をぜひ習得してほしい。また、見せ方については、ICTのテクノロジーを駆使して、より訴える力のある画像を用いるべきであり、今後はシリアスゲームやVR、メタバース、さらには人工知能(AI)を用いた教育の可能性にも挑戦すべきである。例えば生成AIによる症例の作成により、AI自体が教師として初期教育を担当してくれるような時代の到来もそう遠くないとも考える。

3.生涯教育としての感染症教育(分かりやすい、役に立つ教育)

今回のパンデミックでは、医師自らが感染するリスクのため診療拒否をしたり、医療機関はクラスターが発生した現場で適切な対応ができないことも明確になった。

さらに、MRSAなどの耐性菌問題に対して、抗菌薬の適正使用や高齢者肺炎に対するガイドラインにも示されている対応方法などの啓発活動が社会一般には極めて重要になっている。その際には特に分かりやすく、役に立つ情報を伝えることが肝要である。

医療者だけでなく、国民全体へ、ICTを活用し、やらせてみて、分かりやすく感染症教育を進めることが必要であることを述べたが、結局は、われわれがどう行動するかにかかっている。今後、このパンデミックが終息した際に、感染症教育自体が「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とならないように、当たり前の教育の持続性を強調して稿を閉じたい。

 

河野 茂 こうの・しげる

1974年長崎大学卒業。1980年ニューメキシコ州立大学研究員、1993年米国立衛生研究所の留学を経て、1996年長崎大学医学部第二内科 教授、2000年同感染分子病態学講座 教授、2006年長崎大学医学部長、2009年長崎大学病院長、2017年10月長崎大学第15代学長、2023年9月より現職。

※ドクターズマガジン2024年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

河野 茂

【Doctor’s Opinion】これからの感染症教育

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