記事・インタビュー
公益財団法人 がん研究会 有明病院 病院長
佐野 武
2020年からのコロナ禍で、がんの発見数および治療件数が減少している。日本対がん協会によれば対策型がん検診受診者数は2019年に比べて30%減少し、国立がん研究センターによる「院内がん登録全国集計」ではがん診療連携拠点病院のがん登録数が5.3% 減少した。ただしこれらの集計は悉皆性や症例重複の点で不完全であり、真の情報とその要因分析には、「全国がん登録」の集計結果を待つ必要がある。
2016年から始まった全国がん登録では、全ての医療機関ががん患者の情報を共通の様式で登録し、国がこれを一元管理することにより、地域がん登録では不十分だった重複症例の整理と完全な把握を行う。この登録は法に基づく医療機関の義務であり、患者の同意は不要である。集計結果は厚労省のウェブサイトで発表されるが、現時点ではコロナ禍前の2019年の結果が公表されたばかりなので、2020年、21年に実際どれくらいがん登録が減ったのかは、来年以降の発表まで分からない。
全国がん登録では、「がん発見の経緯」が登録される。①検診・健診、人間ドックなど、②他疾患の経過観察中の偶然発見、③剖検発見、④その他(がんの自覚症状による受診を含む)のいずれかに分類されるが、がんの種類によって発見の経緯は大きく異なる。対策型がん検診の対象となっているわが国の五大がん(胃、大腸、肺、乳腺、子宮頸部)に限ってみると、①がおよそ2割、②が3割となり、何らかの自覚症状があって発見されるがん(③)は半数程度に過ぎない。すなわち、多くのがんが自覚症状のないうちに検診または他の疾患の経過中に見つかるということになるが、これは他国には例を見ない高い比率である。特に②には、わが国で著しく普及している内視鏡検査やCT検査が大きく寄与していると考えられる。
多くの国では内視鏡検査やCT検査の適応となる病態が限定されるし、たとえ内視鏡検査を受けても早期のがんを診断する技術が十分とはいえない。また経済協力開発機構(OECD)の最新の報告によれば、日本は世界最多のCT 保有国であり、人口100万人当たりの台数では加盟37ヵ国の平均が28台、アメリカ42台などに対して日本は断トツの111台を保有している。他国のCT 検査は大病院で集中的に行われるのに対して、わが国ではクリニックなどでも「気軽に」受けられるのが特徴である。医療のあり方としてこれが望ましいかどうかについては議論があり、過剰な検査が許容されることによる医療費の増大や照射による健康被害などが論点となる。とはいえ、このような医療環境ががんの早期発見に寄与していることは間違いない。また、世界各国3700万人のがん患者の治療成績を国際比較した研究では、五大がんのわが国の治療成績が欧米諸国を圧倒しており、上記①や②による早期のがん発見がその大きな要因であると考えられている。
2020年の前半、パンデミックに対する対策として多くの検診機関が休業し、また日本内視鏡外科学会の提言もあって「不要不急」の内視鏡検査が一斉に控えられた。検診業務は数ヵ月で再開されたが受診控えは長く続き、受診者数の回復には長期間を要している。こうした影響で、まず上記①に分類されるがん発見、特に早期がんの発見が確実に減少した。同時に、医療機関における通常の受診も抑制されたため、②のような偶然のがん発見も相当減少したと考えられる。また肺がんや膵臓がんなどでは、手術可能なステージで発見されるがんが減少した可能性が高い。
一方、がんとは別の話題で、医療機関の日常的な受診控えや検査控えに関して「これまでいかに無駄な受診が多かったかが明らかになった」といった意見も少なからずあり、わが国の保健医療のあり方に一石を投じている。しかし、早期発見が最大の治療効果を持つことを実感しているがん医療の現場では、こうした議論が潜在的ながん患者の医療機関へのアクセスを抑制する方向に働くことを懸念する。発見を逃れたがんが進行した形で姿を現し、最終的に日本のがん治療成績を下げることは避けられないが、それができるだけ小さく済むことを祈り、また一刻も早くコロナ禍前のがん発見体制が回復することを願って各方面に働きかけたい。
佐野 武 さの・たけし
1980年東京大学卒。東京大学医学部附属病院第一外科入局、パリ市キュリー研究所への留学を経て、1993年国立がん研究センター中央病院、2007年同院第二領域外来部長、2008年がん研究会有明病院消化器外科上部消化管担当部長、2012年消化器外科部長、2015年同院副院長、消化器センター長、2018年同院病院長就任。
日本の胃がん治療の国際的伝道者として名をはせる。2019年3月号「ドクターの肖像」に登場。
※ドクターズマガジン2022年9号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
佐野 武
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