記事・インタビュー
熊本大学 副学長
熊本大学病院 病院長
熊本大学大学院 消化器外科学 教授
馬場 秀夫
2024年4月より医師の働き方改革が開始される。働き方改革は、すでに大企業では2019年に、中小企業でも2020年に開始されており、5年間の猶予をもって医師にも導入されることになった。
働き方改革関連法の概要は、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的に推進するため、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保などの措置を講ずること、となっている。この背景として、わが国における長時間労働の常態化、人口減少と少子高齢化、健康寿命の増進による労働者の高齢化、介護・子育てを要する労働者の増加、さまざまなテクノロジーの進化などの要因があり、ワークライフバランスを維持しつつ多様な働き方による一億総活躍を必要とする社会の現実がある。
医師の働き方改革は、勤務時間の罰則付き上限規制であり、かなり厳しい内容である。一般の勤務医は年960時間まで、地域医療確保暫定特例水準や集中的技能向上水準で、年1860時間までといった制限が設けられている。これは本務の勤務先での時間外労務時間に加え、外勤先での日・当直などの時間も含まれるため、今後、本務としての勤務時間と外勤先などの兼業における時間外勤務時間の適正な把握と管理が求められる。さらに、連続勤務28時間、インターバル9時間の制限があり、当直をした翌日は、午後の勤務は制限され、夜間急患手術などで勤務した場合、9時間のインターバルを取らないと次の業務ができないため、翌日予定していた業務が制限される可能性がある。従って、大学病院や救急病院などの大規模病院では、ある程度余裕のある医師の確保が必要不可欠になる。また、医師不足に悩む地方の中小病院で、大学病院の医師に夜間の当直を依頼している病院では、大学病院からの医師派遣が困難になる可能性もあるため、宿日直許可を取得し、早めに対策を打っておく必要がある。
今後、特定行為研修を修了した看護師へのタスクシフト、医療事務補助者へのタスクシフト、また、医療法の一部改正に伴って可能となったメディカルスタッフ(診療放射線技師、臨床工学技士、臨床検査技師、救急救命士など)への業務のシフト、主治医制からチーム制への診療体制の移行、会議時間の短縮、患者・家族への説明を勤務時間内に実施するなど、さまざまな医師の勤務時間短縮への取り組みが必要となり、各医療機関においては、勤務時間短縮計画の策定が求められる。さらに、労働時間と自己研鑽の振り分けへの理解と実施が必要となる。医師の働き方改革を実効性のあるものにするためには、国民の理解が必要不可欠である。いつでも、どこでも、誰もが同じような医療を受けることができるという、わが国の国民皆保険制度は諸外国と比較して優れた制度であることには違いないが、一方で患者の医療機関へのコンビニ受診を許容していることにもつながっている。この陰には、わが国の医師の長時間労働の実態が存在し、その長時間労働に対する抜本的な改革がこの医師の働き方改革制度である。
この制度は、当然ながら、医師も労働者として、自身の健康管理とワークライフバランスを重要視する観点からは優れた制度であるといえる。
一方で、研究力の低下、地域医療への影響、医師の診療科偏在・地域偏在、超過勤務が減少することによる医師の収入減など、まだまだ解決すべき多くの課題が含まれている。
わが国はバブル崩壊後、失われた30年といわれて久しいが、これは経済に限った話ではなく、研究・教育においても同様である。医師の働き方改革が、勤務時間の短縮を重要視するあまり、研究力を低下させることがないように願うばかりである。また、業務の効率化を最優先することにより、医の原点である「患者との十分なコミュニケーションの時間の確保、患者の気持ちを理解し優しく寄り添う診療姿勢の在り方」が損なわれることのないように、最大限の注意を払うべきと考える。
いずれにせよ、医師の働き方改革を契機に、個々の医師がこれまでの自身の働き方を振り返り、より効率的で良好な医療の提供が実現できる方策を真剣に考える必要がある。
馬場 秀夫 ばば・ひでお
1984年熊本大学卒業。九州大学医学部第二外科に入局後、米国University of Texas に留学。九州大学を経て国立病院九州がんセンター消化器外科医長、2003年九州大学消化器・総合外科学助教授、2005年熊本大学消化器外科教授に。2021年より熊本大学副学長、熊本大学病院病院長消化器外科学教授。2018年2月号「ドクターの肖像」に登場。
※ドクターズマガジン2022年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
馬場 秀夫
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