記事・インタビュー

2022.08.12

【Doctor’s Opinion】医師臨床研修の必修化や到達目標策定の背景・経緯: プロフェッショナリズムの重視へ

東京医科大学茨城医療センター 病院長
NPO 法人卒後臨床研修評価機構 専務理事
京都大学 名誉教授

福井 次矢

2004年度に必修化された医師臨床研修制度の3回目の見直しが2020年度に施行され、制度の根幹を成す到達目標が全面的に変更された。

医師に求められる「能力(やろうと思えばできる)」を知識、技術、態度・習慣に細分化し一つの能力を一つの文章に記述することを原則としてきた従来の形式から、それらの個別列挙に拘らないコンピテンシー(資質・能力)という概念を取り入れ、その上で、「心構え」、「能力」、「実践(業務として実際に行う)」という3つの切り口で目標を記述したものとなった。

つまり、「心構え」に相当するA.医師としての基本的価値観(プロフェッショナリズム)に4項目(1.社会的使命と公衆衛生への寄与、2.利他的な態度、3.人間性の尊重、4.自らを高める姿勢)、「能力」に相当するB.資質・能力に9項目(1.医学・医療における倫理性、2.医学知識と問題対応能力、3.診療技術と患者ケア、4.コミュニケーション能力、5.チーム医療の実践、6.医療の質と安全管理、7.社会における医療の実践、8.科学的探究、9.生涯にわたって共に学ぶ姿勢)、「実践」に相当するC.基本的診療業務に4項目(1.一般外来診療、2.病棟診療、3.初期救急対応、4.地域医療)という3層構造となった ※詳細は、厚生労働省のホームページにてアクセスできる『医師臨床研修指導ガイドライン-2020年度版-』をぜひご覧ください。

当初からその原案作成にあたったグループの責任者として、私自身、現行の到達目標の最大の特徴は、プロフェッショナリズムを前面に掲げたことにあると考えている。もとよりプロフェッショナリズムを教えることは容易ではない。言葉で伝えたり技術を示したりするだけでは必ずしも効果的ではなく、研修医に接する医師自身のプロフェッショナリズム、人間性が問われるテーマである。評価も難しく、あいまいな部分が多々あることは承知の上で、それでも医師にとって最も重要なことと考え、到達目標の前面に掲げた次第である。

以下、今般の見直しに至るまでの、臨床研修の必修化や到達目標策定の背景・経緯について、概略を記させていただく。

そもそも、医師の臨床研修はどうして必修化されなければならなかったのか。私が知っている範囲では、1960年代以降、患者が望ましくない医療を受けている事例がしばしば報道され、制度上のさまざまな不備、とりわけ医師(数)不足・臨床能力の問題点(個々の医師が対応できる・対応しようとする医療分野の狭さ)、「努力規定」とされていた卒後臨床研修制度自体の問題点等が繰り返し指摘されてきた。そうして1990年代に入り、すべての医学部卒業生に幅広い医療上の課題に対応できる(プライマリ・ケア)能力を身に付けてもらうよう研修制度を必修化するべきとの機運が高まった。

1980年代後半以降(ちなみに、現在でも)、文部科学省でもプライマリ・ケア(総合診療)を推進する必要性、重要性は強く認識されているところである。私自身、厚生省のプライマリ・ケア指導医を養成するための留学プログラムで米国の病院で一般内科の臨床に携わった経験があり、1980年代後半から国立大学附属病院の総合診療部に所属していたことから、国立大学医学部附属病院長会議のもとに設置された「卒後研修共通カリキュラム等の作成検討部会」の部会長に指名され、全ての国立大学附属病院で活用されるよう、卒後臨床研修共通カリキュラムを作成した(1998年12月)。

2000年12月には、当時の厚生省幹部の強い意向で医師法の一部改正がなされ、臨床研修の必修化が決定した。しかし、2004年4月の施行まで時間がなく、ゼロから研修プログラムを作成する余裕がなかったためか、上記の卒後臨床研修共通カリキュラムがほぼそのまま採用されることとなり、必修化後の到達目標とされた次第である。

1回目の見直し(2010年度施行)では、厚生労働省内の委員会にて、ローテーション診療科数や分野を見直すべきとの数名の委員の強硬な意見に押し切られる形で、プライマリ・ケア能力を身に付けるための必須ローテーション診療分野や期間が大幅に削減された。しかし、その後行われた研究班などでの調査研究で、1回目の見直し後、研修医のプライマリ・ケア能力の低下を示唆する結果が得られたこと、医師のプロフェッショナリズムの重要性が世界的に高まってきたことなどから、今般の到達目標や方略の全面的な見直しにつながった。

現在は、次回の見直し(2025年度)を視野に、現行の到達目標・方略・評価が臨床現場にどのような影響をもたらしているのか調査研究を行っているところである。

福井 次矢 ふくい・つぐや

 

1976年京都大学卒業。聖路加国際病院の研修医を経て米国コロンビア大学・ハーバード大学の関連病院に留学。1984年ハーバード大学公衆衛生大学院修了。1992年佐賀医科大学総合診療部教授、1994年京都大学総合診療部教授を経て2005年聖路加国際病院院長に。2016年聖路加国際大学学長。2021年より現職。2018年4月号「ドクターの肖像」に登場。

※ドクターズマガジン2022年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

福井 次矢

【Doctor’s Opinion】医師臨床研修の必修化や到達目標策定の背景・経緯: プロフェッショナリズムの重視へ

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