記事・インタビュー

2022.07.08

【Doctor’s Opinion】医科大学教育におけるテクノロジー改革

日本医科大学 学長

弦間 昭彦

現在、人工知能、IT技術、ロボティックスなどの進歩により、社会は大きく変わろうとしている。日本医科大学では、6年前より「医科大学版テクノロジー革命」と銘打って、アンドロイド・シミュレーター、バーチャルリアリティー、学生用電子カルテ、Big Pad、全教室ビューイング施設などの教育システムの充実による未来型医学教育の実現を進めてきた。その結果、時間的、空間的自由を獲得することにより、GPAに応じた成績上位者を対象とした特別カリキュラム、不合格科目を持った学生を対象とした持ち上がり制度など「個別化教育」が可能になっている。また、経験しにくい体験の補助や電子媒体による系統的把握による「系統的網羅的な臨床実習」の構築が進んでいる。数理・データサイエンス・AI教育センターの設立や、東京理科大学、早稲田大学との協働による新テクノロジー時代を見据えた教育整備などにより、「数理データサイエンス・AIコース」を医学部、大学院に設置した。医学とともに理工学の素養を有する人材を育成することで医理工連携の進展を目指している。このような従来の医学部教育が深化する一方で、テクノロジーの進歩がつくり出す未来社会で特に望まれていくのがHumanity 教育と考える。医療のDXが進むと、医師の役割も変わらざるを得ない。例えば、医師が身に付けている医療知識はすでに膨大になっていて、いずれAIやアンドロイドで補完・代替されると予想される。

こうした医師の役割変化に応じたカリキュラムへの移行、新しい学修機会の提供が必要になる。第三次人工知能ブームの状況下で、深層学習による革新が加速しながら進んでいる。1950年代の第一次、1980年代の第二次ブームの時代は、人間の状態は無限数である中で、人工知能は有限状態の中にとどまっていたが、深層学習により生物の無限な状態に擬似的にも近づいていくことが期待されている。これは、生物である人間と機械である人工知能の差を小さくしていく過程と言えるが、感情、意味の持つ個人差、創造されていく新たな変化や法則への対応などの問題は、このような進歩の中でも解決されにくく、長く、人がなすべきものとして存在し続けるように思われる。すなわち、総合的な判断やコミュニケーションの能力は当面人間に及ばないと考えられる。従って、今まで以上に、その部分の教育は重点化されるべきであり、本学では、「愛と研究心」文庫(「愛と研究心を有する質の高い医師、医学者の育成」が教育理念である)を設けることなどを進めているが、一層の充実が求められる。

COVID-19パンデミック2年目、教育界、医療界も大変な困難に直面した。そして、現在、世界に大きな変化が起こりつつある。ICT技術を用いた教育は、このような状況下で必要不可欠なものとなり、多くの大学ですでに環境を整えている。そのうえで、海外の大学教育では、ブランド大学がWebコンテンツの発信を強化し、他の大学の窮地がささやかれている。言語などを超えた発信が行われており、それらが受信可能な環境では、各大学が提供する教育コンテンツの内容が問われている。このCOVID-19パンデミックのもたらした社会の変化は、社会における産業構造の再編ばかりでなく、大学教育についても、質の転換が求められていると言える。Webコンテンツで得られないもの、臨場感が得られるもの、前述の「Humanity教育」、感情、価値観の個人的相違などを含んだ総合的判断能力の涵養などが重要度を増すと考えている。
この社会の大きな変化の中で、医科大学教育も必要なものを取捨選択しながら、大きな変革が求められていると考える。

弦間 昭彦 げんま・あきひこ

 

1983年日本医科大学卒業。国立がんセンター研究所病理部での研修を経て、National Cancer Institute/NIH に留学。2008年日本医科大学内科(呼吸器・感染・腫瘍)主任教授に就任。2013年医学部長、2015年より現職。2017年12月号「ドクターの肖像」に登場。

※ドクターズマガジン2022年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

弦間 昭彦

【Doctor’s Opinion】医科大学教育におけるテクノロジー改革

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