記事・インタビュー
社会医療法人 近森会 近森病院 院長
近森 正幸
マネジメントの本質はFocus(集中)であり、医療界では集中すれば足りない機能が出てくるので「機能の絞り込み」と「連携」になり、スタッフ機能を絞り込むことでチーム医療が必要になる。当院のチーム医療では、多職種の医療専門職による病棟常駐型チーム医療を展開し大きな実績を上げてきた。
医師、看護師の業務をコア業務に絞り込み、医師、看護師だけでなく多職種の医療専門職も生き生きとやりがいをもって働き、労働環境を改善し、かつペイするためには何が必要であるか考えてみたい。
① 全職員の意識改革のために
多くの医師の視点は「医療や病院は複雑系」という暗黙知であり、全能の神、医師が全てを判断し指示を出さないと駄目だと信じ込んでいる。一方、私の視点は形式知の「業務」であり、病院の医療も業務まで落とし込めば業務の連なりにすぎず、ベルトコンベヤーと同じなので製造業の理論が応用できるし医師が全能とは考えてもいない。
医師は診断、治療の専門家であるが、薬剤や栄養、リハビリ、医療機器、転院調整などはこれらの専門医以外の大多数の医師は全くの素人であり、自分で考えて指示を出し実践するよりは、医療専門職にそれぞれの分野を全面的にタスクシフトする方がはるかに合理的である。
②医療専門職の業務とその専門性を上げるために
業務は判断が不要なルーティン業務と、常に判断が必要な非ルーティン業務に分けることができる。ルーティン業務は業務を標準化して、主に医師以外の医療専門職が行う業務で膨大な業務を安全、確実に行うことができる。一方の非ルーティン業務は常にplan・do・see を繰り返す、主に医師、一部看護師が行う高度な少数の業務で、診断や治療、手術、看護といったプロフェッショナル業務がこれに当たる。
医師の専門性が高いのは、診断、治療を日々繰り返し、一人一人の患者の経験を蓄積し暗黙知を高めているためである。同じ人間である多職種の医療専門職も同様に病棟に常駐し、それぞれの視点で患者を診て判断し、介入を繰り返すことで暗黙知が高まり専門性を高めることができる。
医師、看護師はコア業務であるプロフェッショナル業務のみを行えばいいし、多職種の医療専門職は業務を標準化し、ルーティン業務を行えばいい。病棟に常駐し患者を診ることで、暗黙知が高まり専門性の高い医療専門職になることができる。
③ペイするタスクシフティングのために
タスクシフトで医師、看護師からの業務を他職種が受けると、当然業務量は増加する。業務量はスタッフ数× 能力× 時間だが能力や時間は限られている。必要な業務を全て行いアウトカムを出すためには、スタッフ数を増やすしかなく、それにはどうしたらペイするかを考えればいい。
医師、看護師ばかりでなく多職種の業務もコア業務に絞り込み、質と労働生産性を上げアウトカムを出し、評判が良くなり患者数、さらに単価も増え、売り上げも上がることから人件費アップの原資になり、ペイするタスクシフトとなる。
このように、アウトカムを出しペイする業務になるように、業務をデザインしスタッフを集め訓練し実践するチーム医療は高度なマネジメントが求められるが、実現することで診療報酬がつかなくてもペイするチーム医療になる。
医師、看護師においては診療外業務や看護ケア以外の業務ばかりでなく、病棟常駐型チーム医療を実践することで診療や看護の周辺業務も多職種にタスクシフトすることが可能で、医師、看護師の業務をコア業務に絞り込むことができ、医療、看護の質と労働生産性は飛躍的に向上する。看護師の労働環境の改善から、医師のより高度な標準化できる業務を看護師が行うことで、看護の質と労働生産性はさらに向上する。
21世紀の急性期病院においては、医療の高度化と手間のかかる高齢患者の増大により業務の質と量が膨大となり、医師、看護師だけで医療を行うことは不可能になった。多くの医療専門職が病棟に常駐し多数精鋭の病棟常駐型チーム医療が行われ、医師、看護師から周辺業務をタスクシフトすることで、医師、看護師は診療、看護のコア業務に専念できるようになり、多職種もそれぞれの分野で主役として生き生きとやりがいをもって働いている。
近森 正幸 ちかもり・まさゆき
1972年大阪医科大学卒業。1978年近森病院外科科長を経て1984年医療法人近森会理事長、近森病院院長、1989年近森リハビリテーション病院を開設し回復期リハビリテーション病棟創設。1946年開設の近森病院は2006年に管理栄養士を全国に先駆けて病棟に常駐させNSTを開始した。現在では中四国で有数の救急患者を受け入れ、「地域医療を守る最後の砦」となっている。「ドクターの肖像」2017年8月号に登場。
※ドクターズマガジン2022年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
近森 正幸
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