記事・インタビュー

2022.04.08

【Doctor’s Opinion】”真摯に誠実に”

公益社団法人 宮崎市郡医師会病院 副院長/心臓病センター長

柴田 剛徳

地域医療は1分たりとも途切れてはいけない領域である。もちろん、これは一人の医師の力で継続できるものではない。私が携わっている急性期循環器診療も、いつ急性心筋梗塞や急性心不全患者が運ばれてくるのか予測がつかない。若い頃には多少無理が利いていたが、やはり限界がある。そこで後進の育成をすることが唯一の道であることを悟った。

私はメンターに恵まれていた。診療の中でオーベンから受けた温かい指導が今の自分の土台となっていると言っても過言ではない。そして彼らの背中から患者中心の医療の大切さを学ぶことができた。

医師は患者を診るだけではなく、『医師を育てる』重責も担っていると考える。自身も同じ道を通ってきた者として、若いドクターの悩みに耳を傾け共に考え、彼らが難題を解決していく過程が成長につながっていくと信じている。そしていつか彼らがメンターになったときに温かく後輩への指導に当たり、さらに次の後輩へと受け継がれていくのだと。彼らを大切に育てていくこと、それは同時に地域医療を継続するための布石だと思っている。

先日、私が研修医になりたてのときに受け持っていた方のご主人から葉書が届いた。
『妻の大学病院での療養中に親身になって治療していただき、心から厚くお礼を申し上げます。ご自愛の上、ますますのご活躍をお祈り申し上げます』と文面にあり、目頭が熱くなるのを覚えた。彼女は私が医師になって初めてのメンターであったのかもしれない。私が新米の研修医であることが分かっていたにもかかわらず、辛い骨髄穿刺や抗がん剤治療に嫌な顔一つせず、病気に立ち向かってくれたのである。今、思えば相当不安であったに違いない。その後幸いにも病態は寛解し、30数年もの間、年賀状でご息女の大学入学や結婚、孫が生まれたなどさまざまな話題が届き、幸せを分けていただいた。残念ながら直接お目にかかることはかなわなかったが、毎年、未熟であったあの頃を思い出し、患者に『真摯に』向き合うことと『誠実に』対応することの大切さを教えられた。そして今もカテーテル治療を始める前、少し不安気な患者を前にするとき、あの頃のことを思い出し、命を預かっているという責任を感じ、この二つの言葉を銘肝するようにしている。

循環器領域はここ40年、低侵襲をキーワードに目覚ましい進歩を遂げている。高齢化が急速に進む中、中心的な役割を担っているのがインターベンション(Intervention; 介入)である。これは薬物による内科的治療と手術による外科的治療の間に位置する治療法で、一般的にはカテーテルによる侵襲度の低い治療を指している。対象は冠動脈疾患から始まり、その後、大動脈、下肢の領域まで広がりを見せ、不整脈にまで及んできている(Cardiac Ablation)。さらに構造的心疾患(Structural Heart Disease; 大動脈弁狭窄症など)に対する経カテーテル的大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Implantation; TAVI) は90歳を超える超高齢者においても可能となった。今後さらに心臓や血管疾患の病態解明と共に、新たなデバイス、ロボット技術やAIによる低侵襲的な治療が生まれてくるであろう。

しかし、このような未知なる治療への挑戦は常に患者の協力があってこそできるものである。患者が、医師へ全幅の信頼を置いてリスクを背負って病気に立ち向かってくれるからこそ、安全かつ有効な治療が生み出されていくのである。しかし、時として患者にとって致命的な状態に陥ることもある。これを未来の医療発展のためという言葉で片付けることは許されない。医師が真摯に、誠実に患者と向き合ってこそできるチャレンジなのである。

また一方で高齢化が進む中、最先端の医療がどこまで必要なのかということは常に考えなければならない問題である。低侵襲であるインターベンションであっても、治療を選択されない患者を幾度となく診てきた。ここには一人一人の人生観、死生観が関わっている。だからこそ、人生の先輩である彼らの考えを尊重しなければならない。たとえ残された命が長くはないと知りつつも満足して生ききっていただきたいと願っている。

医師としての知識や技量はもちろん重要であり、それがあってこその患者との信頼関係である。しかし医療が進歩して、さらに難病が治療できる時代が到来したとしても、治療の選択権を持つのはあくまでも患者自身である。月並みな言葉ではあるが、医師として患者に真摯に誠実に向き合い、精一杯支えていきたいと思っている。

柴田 剛徳 しばた・よしさと

 

1987年熊本大学卒。国家公務員共済組合連合本中央病院、財団法人大原記念倉敷中央医療機構等を経て、1997年宮崎市郡医師会病院へ。日本内科学会総合専門医。日本循環器学会社員、専門医。日本心血管インターベンション治療学会理事、専門医、指導医。経カテーテル的大動脈弁置換術実施医、指導医。

※ドクターズマガジン2022年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

柴田 剛徳

【Doctor’s Opinion】”真摯に誠実に”

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