記事・インタビュー
日本大学病院 消化器内科 教授
日本大学 医学部長
後藤田 卓志
最近では、医学部卒業後にマッキンゼーに就職したり起業したりといろいろな道に進む方も多いようである。悩んでいる方もいると思うので、『肩をすくめるアトラス』(アイン・ランド著)の一節を紹介する。「自分という人間の価値のために戦いなさい。自尊心という美徳のために戦いなさい。(中略)私は決して他人のために生きることはなく、他人に私のために生きることを求めない」
40年以上前、私は駒場東邦中学高等学校に入学した。両親からは「これで親の役目は終わった。あとは自分の責任で生きろ」と言われた。その頃は大学卒業後は世界と対峙する通産官僚になるのだと漠然と考えていた。ただの思い上がりで、努力をしない者に栄光はもたらされなかった。その後、商社マンやパイロットなど考えたが、結局は今の職業となった。今でも別の人生があったのではと考えることがあるが、過去は変えられない。医学部に入学しても明確な目標もなく、 〝自分の価値〞や〝自尊心〞という高潔な命の規範に気付くのに四半世紀を使った。
駒場東邦中学高等学校には、行動する際の規範として3つのF(Friendship・Fair play・Fighting spirit) がある。当時は気にもしなかったが、多感な時期に常に言われた3F精神はその後大いに役立った。FriendshipとFair playは医師としての正義と友愛の精神につながった。この精神は、人生の終焉を迎えるまで持ち続けるであろうsomething great として私を鼓舞し、人生への歓喜と興味をもたらしている。
卒業して4年目の1995年に自分の精神にルネッサンスが到来した。自分に足りなかった3F精神のFighting spiritと自主自学(東京医科大学の校是)の意味に気が付き、全国の精鋭が集まる国立がんセンター(当時)の門をくぐった。レジデント・がん専門修練医として5年間でチャンスを得て、2000年に正規スタッフとなった。「人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである」(バーナード・ショー)を体現するために学会発表や英語論文執筆に明け暮れ、通算15年間を国立がんセンターで過ごした。そこで出会った斉藤 大三先生、笹子 三津留先生や佐野 武先生などに影響され、大いに助けていただいた。おかげさまで、医学のアーカイブにある程度の足跡を残せた。
また、今や教科書に掲載されるに至った内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の開発から普及に関与できたことは医師人生においてとても光栄なことである。ここでも、レジデントの先輩である小野 裕之先生との出会いがあった。その後、国内外の講演やライブ手術に呼ばれたが、それが果たして自分の人生でやるべきことなのかと思うようになっていた。内科医として、もう少し広い意味で消化器内科を学ぶべきではないか。そのときに出会ったのが菅野 健太郎先生(APDWF理事長)であった。
ワシントンで開催されたDDWでマラソン中の菅野先生に偶然出会い、「消化器内科の本質を考えた仕事をした方が良い」と示唆いただいた。この方向転換が良かったのか、東京医科大学消化器内科准教授、そして日本大学消化器内科教授へと道が開けた。教授になることを目標に生きてきたわけではないが、微力ながら自分を創ってきたうれしい結果である。
日本大学医学部では肝臓外科の大家であり国立がんセンターの大先輩である高山忠利医学部長・消化器外科主任教授(当時)に巡り会った。医師として、圧倒的な業績に驚愕する。昨年11月から高山先生の後任として医学部長を任された。診療・教育・研究のみならず、医学部運営から附属病院の経営まで幅広く差配しなくてはならない重責である。今後のモチベーションは他者からの承認欲求ではなく、自己信頼感や自立性などで得られる自分自身の評価を重視する自己承認、そして最上位の自己実現の欲求を満たすことである。
ここまで偉そうに書いたが、私自身の四半世紀はただ〝存在〞していただけである。ほんの少しだけ「自分という人間の価値」を考えて行動したこと、そして尊敬できる師と出会ったことで道が開けた。常に準備しておけば、いつかはチャンスが訪れる。私は、過去に自分がしなかったことへの罪悪感を持ちながら、 〝自分の価値〞と〝自尊心〞、そして人との出会いを大切に生きている。
後藤田 卓志 ごとうだ・たくじ
1992年東京医科大学卒業。国立がんセンター中央病院で15年間業績を重ね、その後国立国際医療研究センター、東京医科大学准教授を経て、2015年より日本大学消化器肝臓内科教授に就任。2020年より医学部長に。日本発の内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の開発と普及に貢献。「ドクターの肖像」2018年5月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
後藤田 卓志
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