記事・インタビュー
社会医療法人財団 董仙会 恵寿総合病院 理事長
公益社団法人 全日本病院協会 副会長
神野 正博
「近代日本資本主義の父」といわれる渋沢栄一。2024年度からの新1万円札の顔となることで話題だが、それに加えて2月14日から始まったNHK大河ドラマ「青天を衝け」でさらにブレイクする勢いだ。
明治維新という大きな変革の時代に、豪農の家に生まれ、徳川家家臣から新政府官僚、そして資本家へと転身していく波乱の生涯は、ドラマの先を見ずとも、その面白み満載の内容に違いない。
渋沢は、道徳を「論語」、経済を「そろばん」と言い換えて「論語と算盤を一致させることが重要だ」と説き、道徳経済合一説を唱えた。これは、昨今の企業倫理としてのCSR(企業の社会的責任/Corporate Social Responsibility )そのものであろう。その信念の下、生涯で約500の企業の設立、約600の社会公共事業に関わっていたという。
500社の中には、私たちが日頃お世話になっている銀行、保険、運輸・交通、鉱工業、そしてあのホテルなどなど、まさに今日の日本経済の礎となる事業がめじろ押しだ。さらに社会福祉事業として設立された首都東京の困窮者、病者、孤児、老人、障害者の保護施設「養育院」は、現在の東京都健康長寿医療センターの前身となっている。
起業した会社の一つに後の王子製紙がある。情報伝達や教育を進める上で大量に必要な洋紙の製造を初めて国産で行おうとしたものであった。時代の変革点に、西洋の最新技術の導入で、一気にわが国のソーシャルイノベーションの礎を作ろうとしたのではなかろうか。
さて、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは時代に大きな変革を求めている。今まさに日本の社会は「大きなお荷物を抱えながら大きな嵐の中にいる」といえる。「大きな嵐」は言うまでもなくパンデミックであり、「大きなお荷物」は、少子高齢・人口減社会とそれに伴う社会の変化だ。特に、今後2040年に向かって、人口構造は大きく変わり、それに伴って疾病構造や国民の価値観も変わってくるものと思われる。
パンデミックを経験して、社会は新たな常態(ニューノーマル)を模索する。今後ワクチン接種は行われるものの、変異株やさらなる未知のウイルスに対応していくためには、beforeコロナの時代には戻らないと覚悟すべきだろう。そして、変革の未来が早くやって来ると考えねばならないだろう。
そこでは、三密を避けるために、密着から非接触、密接からリモート、密閉からバーチャルへの移行が求められている。この対策は、とりもなおさず、私たちが未来の社会と空想していた世界を現実とするものに他ならないだろう。
特に医療での実行を模索するならば、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進せねばならない。時は、高速通信ネットワークの整備が進み、大容量データの保管が容易になり、さらにAIの実用化が進みつつある。渋沢が達見した洋紙が今の時代では、このDXに他ならないだろう。すなわち、紙という大量の情報化の道具が出現したとき、時代は大きく変わり、コロナ禍で未来が早まったこの時代でもDXの加速という道具を得て、大きく変わろうとしているのではないだろうか。
医師と患者との関係は非接触、リモート、バーチャルを念頭に新たな関係を模索せねばならない。これによって、医師としての仕事の内容もチームとの関係、ヒエラルキーも、そして働き方も医師のキャリアパスも変わることになろう。いや変えねばならないと理解しなければならない。「大きなお荷物」も「大きな嵐」も、渋沢の時代の変革に匹敵するものだからだ。
未来の医療の進歩は分子生物領域、遺伝子領域にまで細分化し、いわば微分の医療へと進展する。一方で受ける患者の高齢化によって医療ばかりではなく介護・福祉分野を含めた総合的、包括的な対応が求められる。さらに、予防・未病への対応という生活に寄り添うレベルのニーズは深まる。これこそ、統合化という、いわば積分の医療だ。この微分と積分をつなぐものは、やはりAIを駆使したDXというソーシャルイノベーションになろう。
withコロナの時代に変革を進めた病院と医師が次の時代の礎となっていくに違いない。
神野 正博かんの・まさひろ
1980年日本医科大学卒業。1986年金沢大学大学院修了(医学博士)。金沢大学第二外科入局。同大学助手を経て、1992年特定医療法人財団菫仙会恵寿総合病院外科部長、1993年同院院長。1995年より現職(2008年に社会医療法人に)。厚生労働省で社会保障審議会医療部
会、医師需給分科会、医師臨床研修部会委員など。日本専門医機構理事。「ドクターの肖像」2016年2月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
神野 正博
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