記事・インタビュー
広島大学 腫瘍外科 教授
岡田 守人
車の運転における〝うまい〞と〝下手〞を判定するのに必ずしも実際の走りを見る必要はなく、ハンドルの握り方でその人の運転スキルは分かるものだ。運転が苦手な人は脇が開き肘が横に突き出している場合が多い。どんな分野にも共通することである。外科医のクーパー剪刀のさばきはその術者の手術レベルを如実に反映する。誰もが組織・血管を剝離する際に層を把握し短時間で出血の少ない鋭的な操作に憧れる。出血覚悟でクーパーの作業を進めるのは、ボクシングでいうと打ち合いに出て「肉を切らせて骨を断つ」であり、出血も時間も少ない剝離はノックアウト勝ちである。一方、恐る恐る使うクーパーや患部をこすってばかりの鈍的剝離は反撃を恐れた踏み込めないジャブと似て、自身のパンチは相手に届かずダメージを与えられない、すなわち手術が進まない。
図1の写真を見て驚いた。当科関連施設であり、呼吸器専門の国家公務員共済組合連合会吉島病院で1956年に行われた開胸手術にて、術者は長いクーパーを逆さ持ちにしている。この持ち方の原点は食道外科の父と称されるBelsey, Ronald Herbert Robert(1910|2007)と聞いている(図2)。1967年の「The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery.」に「Mr Belsey used sharp dissection, closed the bronchus with interrupted stainless steel wire, and held his scissors “upside down.”」という表現がある(D B Skinner, R H Belsey. Surgical management of esophageal reflux and hiatushernia. Long -term results with 1,030 patients. J Thorac Cardiovasc Surg. 1967 Jan ;53(1):33-54.)。これが胸部外科の世界では知らない人が居ないF. Griffith Pearson(図3)に、さらにその弟子たちに引き継がれ、今や北米の胸部外科医の多くがこの持ち方である(図4)。
恩師の兵庫県立がんセンター名誉院長の坪田紀明先生が1973年にToronto General Hospitalに留学された際にPearsonから教わったその持ち方は今や、私のHybrid VATS における鋭的剝離には欠かせない。
1939年にBelseyがE. D. Churchillと共にMassachusetts General Hospitalにて私が得意とする肺区域切除術を世界で初めて施行した事実にも、何か因縁を感じずにはいられない(Ann Surg 1939 Apr ; 109(4):481-99.)。
若手外科医に一言。「手術を上達させたければ、一流外科医の技術を盗め!」。盗むとは知識を得て、自身の中で構成して新しい形にすること。私は恩師の坪田紀明先生をはじめ多くの先輩外科医から手術技術を盗んだ。
手取り足取り教えられても駄目で、それは自身でうまくできた気になって、上達には逆効果なのだ。器用な人、手術上手な人に限らず、盗む技術と自分の描く世界が合致してこそ、その成果を生み出すことができるのである。それにしても吉島病院での逆さ持
ちは日本オリジナルなのか、海外から伝わったものなのか。幼児が勝手にはさみを使うと逆さ持ちにするそうで、元来その状態が原点、快適な使い方なのかもしれない。刃先を自身に向ける謙虚な面もある。当然、私は手術以外でも紙を切る際、逆さ持ちになってしまっている。
図1. 1956年当時の吉島病院での手術、図2. Belsey先生、図3. Pearson先生と、図4. Belsey’ s method of holding the long “Allison” scissors
岡田 守人 おかだ・もりひと
1988年奈良県立医科大学卒業。神戸大学医学部第2外科入局。1999年米国コロンビア大学胸部心臓外科に留学、2002年兵庫県立がんセンター、2007年より現職。肺がんの胸腔鏡手術、根治的縮小手術(区域切除)、ロボット手術、悪性胸膜中皮腫の根治手術の第一人者。環境省中央環境審議会専門委員。「ドクターの肖像」2012年3月号、「外科医特集」2017年1月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
岡田 守人
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