記事・インタビュー
内科学内科研究会
元内科学研鑽会代表
栗本 秀彦
〝診断は?〞〝診断がつかない〞〝診断ついた〞。しじゅう頭の中にある。ところで、何をもって「診断」としているのだろう。鬱血性心不全は診断?心不全は?肺炎は診断?細菌性肺炎は?名が違うなら別の疾患か。何を今更かもしれないが、つきつめて問われて明確に説明できるだろうか。いちど原理的に「診断」を検討してみたい。まず了解しておかねばならないことがある。
1 「疾患」と「病気」を区別する。「疾患」は概念である。大腸癌・ショック症候群・脳梗塞・腎不全…。患者には「病気」がある。たとえば、その「病気」は大腸癌と名づけられた。大腸癌は何万の患者にあり個々に別物だが、すべて同じ「疾患」大腸癌である。つまり「疾患」はその名の集合といえる。個々の「病気」は概念集合「疾患」に属している。
2 疾患には二つの異なる範疇がある。並べると違いがよく分かる。
A 形態範疇:心筋症・脳梗塞・慢性腎炎・インスリノーマ…
B 機能範疇:心不全・失語症・腎不全・低血糖症…
患者の病気は二つの複合体である。ある人は心筋症で心不全、ある人では弁膜症で心不全。ある病気は糖尿病性腎症で腎不全、ある病気では糖尿病性腎症でネフローゼ症候群。
この1と2を踏まえて「診断」なることを吟味する。いま遠くに何かがある。アレは何か?分かる範囲で〝何か〞を言えるだろう。〝ヒト〞だ。少し近づくと〝男〞だ。もっと近づけば〝日本人男子〞だ。そのときその都度、アレが〝何か〞を「診断」している。診断はアレが属する概念を言い当てている。アレはヒトの一つであり、その中の男の一つであり、さらにその中の日本人男子の一つである。そして次々、とうとうアレは団十郎だ。概念集合ヒトに属する個々のヒトの数、つまり集合の要素は70億もあるが、その部分集合男で半減し、さらなる部分集合日本人男子では何百万に減った。概念集合団十郎にいたっては個々の数はがぜん少ない。もしアレしかなかったら、この名の病気はアレ一つの奇病である。名指す名は一歩ずつ狭まってきた。診断とは、名無しの処から出発し、一般広範な名を経て、特殊な名を求めてゆく過程である。そのときその都度、その時点での紛れもない診断名・病名である。古典的疾患名ではなくても、そうとしか呼べない病名である。診断を特定してゆくには、かならず根拠となる事象がなければならない。正しく根拠に基づき論理的に考えをすすめる。診断は推測や臆測ではない。その名の事実である。
病気診断は形態・機能の二つを診断せねばならない。急性心不全(B)ならばそれをもたらした心疾患(A)を診断する。クローン病(A)ならば吸収不全(B)を確かめる。さもなければ患者の病気を理解したことにはならない。
患者には複数の病気が併存している。いかにして混沌とした事態を理解してゆくかが臨床診療の実践課題である。テキスト文献は「疾患」を記述しているが、患者の「病気」診断の具体的実践法を述べてはいない。
何個の、ましてや如何なる病気かは分からないところから診断作業を開始する。「総合プロブレム方式」という実践思考形式がカルテ記載方法として実践されている。まず患者の医学資料(患者病歴・過去の資料・身体所見・検査所見)を収集する。資料にある事象を「病気という単位」で仕分けて病気ごとのグループをつくる。「病気」の数だけグループができる。それら病気グループを本態を表す名で命名する。この時点の診断名・病名である。これを「プロブレム」という。その名は診断がすすむにつれて、より限定的特殊な名にかわってゆく。〝急性関節炎〞〝血小板減少症〞としか分からなければ、それがこの時点の診断で、〝痛風関節炎〞〝血栓性血小板減少性紫斑病〞と分かればその時点でプロブレムの名がすすむ。
複数のプロブレムをその発生順に並べた一覧表が「プロブレムリスト」で患者の病気の戸籍にあたる。発生順でなければ戸籍にならない。プロブレムリストは時空を超えて引き継がれる。かかる患者がいて医師がかかる診療をしたこんにちを千年先にも伝える。臨床医が一人ひとりの患者を正しく診断理解するとは、かかる営為のことである。
くりもと・ひでひこ
1961年名古屋大学医学部卒。蒲郡市民病院、Univ. of Cincinnati Medical Center, Cincinnati, Ohio、Henry Ford Hosp. Detroit, Michigan、名古屋大学などを経て県立岐阜病院で定年退職。患者の全体診療の思考形式とカルテ記載規則“総合プロブレム方式”を創始。現在も複数病院で講義と内科学症例検討会を主導。
※ドクターズマガジン2019年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
栗本 秀彦
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