記事・インタビュー

2017.10.26

【Doctor’s Opinion】ゲノム医療の出口と三世代コホート調査

東北大学災害科学国際研究所<br/ >同大学院医学系研究科<br/ >同東北メディカル・メガバンク機構<br/ >栗山 進一

 ゲノム情報を活用した医療、ゲノム医療への期待が高まっている。ヒトの設計図であるゲノム情報が分かれば、疾患の原因が解明され、その対処法が次々に見つかっていくであろうとの期待である。ゲノム塩基配列が比較的安価で迅速に解読できるようになり、ますますこの傾向は強まってきた。そこで世界中でゲノムコホート・バイオバンクが構築され、その対象者を含めゲノム塩基配列は次々と解読されて、ビッグデータとして盛んに解析され始めている。

一方で、2009年にNature 誌で指摘された、「失われた遺伝率」のミステリーの問題を忘れてはならない。「ヒトゲノム時代の扉が開かれたとき、ありふれた形質や疾患の遺伝的要因は簡単に見つかるだろうと期待された。ところが、そんなものはほとんどどこにも見当たらなかった。」(doi:10.1038/ndigest.2009.090118)と指摘されたのである。この「失われた遺伝率」の解決のためには、ゲノムコホートやバイオバンクの構築と活用に当たって、少なくとも以下の戦略が必要である。①ゲノムコホートに可能な限り家系情報を付与する、②ゲノムコホートのサンプル数を増加させる、③全ゲノム解析とオミックス解析を行う、④人生初期からの環境要因を把握する(DOHaD 仮説)、⑤正確な表現型を十分に把握する、⑥変異と環境の統合解析を行う。

上記のうちでも特に重要なのが、家系情報付きゲノムコホートを構築することである。こうした考えに基づきオランダではLifeLines という三世代にわたる家系情報を持ったゲノムコホートが登場した。わが国では、東北メディカル・メガバンク計画において、母胎内からの環境要因を把握する出生コホートに三世代デザインを組み込み、世界初のデザインとして出生三世代コホート調査(三世代コホート調査)を遂行している(J Epidemiol 2016;26:493-511.)。現在諸外国においても、出生三世代コホートの計画が進んでいる。

東北メディカル・メガバンク計画は東日本大震災からの復興と最先端医科学の振興を目的として始動した。同計画では被災地の地域医療再建と健康支援に取り組みながら、健康調査や遺伝情報の研究を基に一人ひとりの体質に合った医療の実現を目指すために各種事業を遂行している。

三世代コホート調査では、妊婦さんを起点としながら家系付コホート調査を実施している。宮城県全域並びに岩手県の指定された地域に住民基本台帳登録のある妊婦(母親)とその胎児・出生後の子ども(以下、同胞と区別し、子どもとする)、子どもの同胞、子どもの父親、子どもの祖母・祖父、その他子どもの家族(拡大家族)をリクルートの対象者として、7万人以上のコホート形成を予定している。リクルート期間は2013年7月から2017年3月までを計画し、順調にリクルートが進んでいるため、予定通りの終了見込みである。説明と同意取得では、ゲノム解析などについて丁寧に説明して同意取得を行っており、調査で明らかとなった健康上の課題などは、コホート参加者自身のお役に立ててもらい、自治体などでは保健事業の基礎資料として活用いただいている。

重点疾患としては、アトピー性皮膚炎、自閉スペクトラム症、がん、循環器疾患、糖尿病、うつ病、認知症など、被災地で高い有病率のみられる疾患を中心として、多くの人々が苦しんでいるものを対象としている。出生三世代コホートデザイン、全ゲノム解析の同意を得ていること、子どもや家族の詳細な環境要因を同定していること、家族全てについてフォローアップによる表現型取得を行っていることなどの特徴を活かし、環境要因と塩基配列変異がどのように疾患表現型と関連するかを解明したいと思っている。このことによって疾患のリスク予測を可能とし、効果的な介入方法の提案と実践方法を社会実装していく。得られた成果はいち早く地域の皆様に還元したいと思っている。三世代コホート調査によって「失われた遺伝率」の問題が解決でき、ゲノム医療の出口が明確になり、できるだけ早期にそこに到達できるようにしたい。

くりやま・しんいち

大阪市立大学卒業。大阪市立大学医学部附属病院第3内科、民間企業産業医、東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野助手、講師、助教授を経て2010年から医学系研究科教授(分子疫学分野、現在も兼務)。2012年から災害科学国際研究所災害公衆衛生学分野教授。東北メディカル・メガバンク機構三世代コホート室長

※ドクターズマガジン2016年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

栗山 進一

【Doctor’s Opinion】ゲノム医療の出口と三世代コホート調査

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