記事・インタビュー
医療法人花仁会 秩父病院 院長
花輪 峰夫
「目からうろこでした」と研修医が言った。「目からうろこが落ちる」が正確な表現であるが、彼は続けた。「アッペって開腹するんですね、こんなにすぐ終わるんですか?」私は唖然とし、それこそ目玉が落ちそうになった。
複数の大学で小児外科医がいなくなり、子供のアッペやヘルニアに対応出来なくなった。また、麻酔科医が不足し、手術を制限しているとも聞く。今の若い医師達はそれを「仕方がない」と思うのだろうか。私にはどうしても納得がいかない。10分やそこらで終わる小児のヘルニアを気管内挿管全身麻酔で腹腔鏡下手術。アッペに至っては炎症を抑えてから後日腹腔鏡下で行う。「傷がへそに隠れて目立たない」というが、幼小児の腹壁は薄く組織は柔軟であり、人差し指が入れば虫垂切除は十分に可能なのに、なんでそんなに面倒くさくするのだろうか。麻酔の出来ない外科医なんて「気の抜けたサイダー」のようなものと思うのである。
今や「鏡視下手術」「器械縫合」は全盛である。素晴らしい方法ではあるが、「何でもこれ」はいただけない。最もまずいのは、若い医師がいきなり「これ」をやり、それしか出来なくなること。「開腹も手縫いも出来ない外科医」なんて、考えただけで恐ろしい。「手術」とは正に字の通り、指はメス・鉗子であり、指先は精密なセンサー、手の平は鈎(こう)ともなる。私は組織に触れてこそ手術が出来る、と思っている。若い医師達を見ていると、手と意識が患者の組織から離れていると感じる。たまには眼をつむり、指先に全神経を集中させてみると良い。
極端な専門医志向の弊害について述べたい。専門性を否定するつもりは全くない。「プロ」である限り、誰しも達人・匠は憧れであろう。しかし、皮膚の良性腫瘍は形成外科、痔は肛門外科、消化器外科領域一つとっても、あまりに細分化している。重複がんも外傷による多臓器損傷も珍しくないが、それぞれの処置は臓器別専門医の領域となると言う。今や「一般外科」という分野は無いのだろうか。
実際の地域医療の現場では、各科の専門医がそろっている訳ではない。特に夜間救急の現場は少数の医師で対応せざるを得ず、来院する患者の多くが専門外である。それなのに、大学では「訴訟が怖いから専門外の患者を診るな」と教育しているらしい。最近「患者のたらい回し」が問題となったが、受け入れ拒否の理由で多いのは、「専門医がいない」というものである。しかし、これは患者を断る正当な理由にならない。「訴訟が怖いから専門外は見ない」「触らぬ神に祟りなし」がまかり通るなら、地域医療は崩壊し、医師の権威は地に落ちるであろう。叱責されるべきは、断ったその行為と責任感の欠如である。守備範囲の狭い医師は全く役に立たない。
さて、以上のような現状で、今求められるものは「総合医の養成」であろう。一口に総合医といってもさまざまな捉え方がある。家庭医、かかりつけ医、プライマリ・ケア医、救急医、総合診療医等だ。近く専門医制度の基本領域に「総合診療専門医」が加わると聞く。その目指すところは、地域包括ケアを意識したものであろうが、いずれも私には今一つピンとこない。
私は、総合医というからには、急性・慢性、診療範囲等を限定すべきではないと思う。さらに、単に広く浅くではなく、得意分野を持つことも必要であろう。さまざまな総合医の形があって良いが、要は「置かれた場で役に立つ医師」であろう。離島なら、あの「コトー先生」が理想であるが、私は、総合医を「器が大きく、懐が深く、成熟度の高い医師」と定義したい。
私は「人を癒す」という意味において、地域の臨床医療が大学病院等に劣っているとは思わない。また、若い医師の教育や自己研鑽においても同様である。彼らが成熟する上で、地域病院でこそ磨けるものは多く、患者と家族の立場に立った、全人的、社会的、文化的な要素を含んだ診療も、地域での触れ合いの中でこそ学べるものである。
私は、総合医の資格としてさまざまな条件を述べた。しかし、ふと気付けば、これらは「昔ながらのお医者さん」の姿でもある。「患者を断るな」が口ぐせであった「明治生まれの医者」、父の姿が思い出される。医学の急速な進歩に伴う専門特化した医療は必要不可欠であるが、一方で多くの弊害を伴う。だからこそ、広い視野と見識を持った総合医は必要であり、「総合医の養成」こそが地域病院に課せられた使命と言っても過言ではない。
※ドクターズマガジン2014年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
花輪 峰夫
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