記事・インタビュー
高知地域医療支援センター長
相良 祐輔
今、卒後初期研修制度に、学生医や専門医の研修をも含めた、所謂シームレスな研修制度が考えられようとしております。一貫した医療人教育を企図した新制度を創りだそうということでしょう。
この試み、一貫した医療人教育に期待するものは何か。それは、20世紀末からの医科学の進歩に、正しく同調する「医は仁術」の再生を願ってのことではないか、と考えます。
現今の医療には、多様な課題やいろいろな言い分がありはしますが、根本に、今の時代に、私の病は何故良くならないのか、先端医療を私に何故使ってもらえないのか等々の強い要望と期待が人々にあることと、医療の現実との間に乖離があり、正しい相互理解が育ち難い環境があると、考えられましょう。
それはある意味では、過渡的な現象であるのかもしれません。過渡的現象という意味は、20世紀後半からの、目覚ましい科学技術の発達と、知識の普及の速さとから、多くの人たちに大きな期待感を抱かせていることと、診療に追われる日々の医療者側の対処としての関わり方が、整いかねているからです。
遺伝子解読の完成、幹細胞の発見というこれらの先端医学の効用は、間もなくオーダーメイド/テーラーメイド治療への展開必至であります。
しかし一方に、日常的な疾病も存在し続けるわけで、それらの治療に、先端医療技術は必ずしも必要とされず、適応し難い面もあります。革新的医学情報は、世間の人たちに先進医療への期待をより一層強く、性急なものにさせ、その重圧を感じる医師には、どう対応しながら診療するのか、悩みはさらに深いものとなるでしょう。
生きとし生けるものという人間味溢れる交流が根底に培われていて、その上での病態・治療の説明こそが、あるべき相互信頼を育てると考えます。早瀬のように情報が流れる今の時代では、この人間的交流は、とりわけ大切なことで、市民社会生活の根底に欠く事のできないものと考えます。
医学生の時、外科の先生の研究資料の整備を手伝いました。指示待ちの事項があり、先生を随分と探しても見つからず、仕上げの期限が迫って困ったことがありました。医局で所在が分からず、看護婦さんに尋ねましたら、一週間以上、夜は病室に詰めておられると言われました。午前1時頃だったと記憶しますが、病室を尋ねますと、患者さんの枕もと、弱い枕灯の影に、じっと座っておられました。
「連絡してなくて済まなかった。あの患者さんは、肺がんで手のうちようがないのです。一人、夜中に目覚めた時、何時も僕の顔が待ち受けるように枕元にあったら、いくらかは気も落ち着いて休めるのでは…。僕にできる事はそれくらいなんです。」
私は、初めて、命と関わっている生身の人を観、命との関わり方を教わったと感じ、この大学に入ってよかったと心底思いました。
現今では、大学医局は悪評にさらされていますが、教育・臨床・研究を行う医局は、忙殺に明け暮れる中にも、日々、同じ道を歩もうとする者同士にしか伝え得ない、言葉にならない交流、文化の伝承があります。
勿論、どこの研修施設でもこうした出会いは経験でき、素晴らしい医療者として育つ環境はある筈です。しかしその機会を得ようとする時、研修する人に求める心が無くてはなりません。知識や技術の伝承を通じて、命と真正面から対峙する精神性は、人それぞれ自分なりに感じ取るほかないのです。
研修するという事は、各人が知識や技術を学ぶ事を通じて、その道をゆく者としての生き方を、各人各様に、感得することであります。教えようとして教えられるものでは無く、研修の場に、尋ねる心で臨む時、この道を進む意義を考えさせる何かを、ひとそれぞれに感得する以外に無いものを身に付ける、それこそが研修するということだと思います。
時代に合った制度は工夫されましょうが、求められる医療の本質に変わる事は無く、私たち医療者が、研修するという事の本来を見失わないようにすることが肝要な事だと信じています。
※ドクターズマガジン2014年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
相良 祐輔
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