記事・インタビュー
国立病院機構新潟病院 副院長
中島 孝(神経内科医)
現代医療の科学モデルは根拠に基づく医療(EBM)である。すなわち、臨床試験(治験)により何らかのアウトカムの改善が確率論的に証明された治療法を、インフォームド・コンセントの下で患者が自己決定し、多専門職種が協働するクリティカルパスにより、最短経路で安全かつ効率的な医療を提供するものである。しかし、このモデルは本当に正しいのだろうか?
現代ではこのモデルを使い、「健康」を目指す医療を頑張って行っても、病院を訪れる、高齢者、慢性疾患患者、進行期のがん患者、難病患者、認知症患者などは治らず、尊厳死論や医療の無駄議論などの混乱が起きている。「健康概念」による臨床アウトカム評価に基づくと、どんなに熱心に診療をしても、治らない患者は常に悪化評価される。これが医師や看護師の燃え尽き現象の原因となっており、その結果、その様な患者は十分に説明を受けた上で「死を選ぶ」か、「延命治療を選ぶ」か、自己決定すべきであり、自己決定能力がなくなる前に事前にそれを意思決定しておくべきという考えに至る。人は生まれたときに将来100%治らない難病になり、死ぬことが定められているのは、自明であるにも関わらず死の自己決定の必要があるのだろうか。
現代医療では、この様な解決困難な問題が起きると、倫理問題や法的問題とするが、本来、混乱が起きないように、医療モデル自体を科学的に変更・改善すべきなのではないだろうか。
治せる病気は予防と早期治療原理で直ちに治し、残った治らない病気、進行期のがん、非がんの難病、慢性呼吸不全、認知症、慢性小児疾患、筋ジストロフィー、重症心身障害児者などに対しては、病気と共に歩む患者と家族を地域の中で支えていく原理を、新たな医療モデルとして、医学教育、研修に取り込み、病院で実践することが必要である。多専門職種で行う症状コントロールは、もちろん、さらに、新たな治療薬、医療機器を作りあげる研究・治験に取り組むべきである。その根底にあるのはどんな病気になっても、人が「今を生きる事」を放棄するのではなく、肯定して生きられるサポートを成功させる事である。小児から高齢者まで、どんな年齢にあっても、どんな病気と共にあっても、死を迎えるまで、人は変化し成長発達できるはずで、その中で、「喪失から再生へのケア」を実践すべきである。
当院ではこのため、臨床研修、卒後教育だけでなく、全職種が臨床研究を行っている。その頂点として、2013年3月から希少性難病に対する新規の医師主導治験を開始した。全職員に対する教育・研修プログラムを作るだけでなく、医師などは、常勤でありながら、地域の大学の大学院課程を履修できるようにした。既存のクリティカルパス、マニュアル、ガイドラインをコンプライアンス良く実践するだけでなく、新たな課題設定のもとで、それらを作り直していくために、大学院レベル以上の問題解決能力と学術能力が必要だからである。
この様なことを推進するためには、病院事業をどんな災害や危機からも強くし、患者と職員を同時に守ることが必須になる。病棟はすべて新築し直し、完全な免震病棟として、屋上階に非常用機械室を設置し、主要エネルギー源は重油でも都市ガスでもなく、液化石油ガスにした。診療情報の電子カルテ化の際に、情報ネットワークにおける設備の二重化だけでなく、サーバ、ネットワーク、端末に対して中央化無停電電源装置によるバックアップを行った。この様な徹底したサポートによって、常に、職員は患者・家族に笑顔で対応できる。
現代医療はEBMの下で、集団において統計的有意な治療法のみを提供し、個別性を否定し、個人の満足が得られていない事が問題である。一方、現代において、イノベーションしようとしている医療の形は、新たな健康概念(BMJ2011)の下で、個人の生物学的・遺伝学的特性に基づくテーラーメード医療とナラティブ(語り)に基づく医療を合体させた「個人に基づく医療(Individual based Medicine)」である。どんな患者でも、どんな時にも、患者の主観的な臨床評価としての「患者の報告するアウトカム(PRO: Patient reported outcome)」を向上できる医療を目指し、患者・家族と職員の両者の満足度を高められる病院を作り上げたいと思っている。是非、これに賛同する皆さん、医師と共に新たな医療を地域で構築し、実践したい。
※ドクターズマガジン2013年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
中島 孝
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