記事・インタビュー
独立行政法人 国立病院機構 福岡東医療センター
上野 道雄
私は院長就任以来、“全てが自らの思いを述べ、全ての思いに耳を傾け”を病院の理念として、関係者の思いや不満、不安を企画立案に生かしてきました。地元の粕屋医師会と「地域医療を考える会」を立ち上げ、地域のかかりつけ医や当院の当直医の声も集めてきました。住民の思いを推し量り、医師の声を加えて整理していき、(かかりつけ医が、事前に患者情報を救急病院に送付して、安心・安全な救急医療に備える)粕屋北部在宅医療ネットワークが動き出しました。
ネットワークの発展に伴い、地域の看護職との会話も増えました。「お医者さんはご存じないでしょうけど、患者さん、特に老人が病気をすると生活が一変します。生活を考えてあげないと、病院に通うことも大変ですよ」に始まり、保健師が生き生きと語る退院後の世界や実際の地域医療の内容に驚かされました。
住民向けのシンポジウムや市民公開講座を企画しますが、儀礼的で表面的な会話に終始しがちです。医師は、住民の思いを引き出す術を知らず、本音の会話を成立させる度量に乏しいことを悲しく思っていました。
住民に説明する前に報道されてしまった
感染症センター設置の打診を福岡県から受けました。感染症センターは素晴らしい建物や設備を備え、この機会に専門医を招聘すると、地域の医療水準は確実に上がります。しかし、その反面、感染症センターは、エボラ出血熱等の1類感染症を収容することを想定した施設です。地域の皆さんは感染の恐れを心配されるに違いありません。住民の皆さんへの情報提供の手順を考えていた最中、突然、新聞、テレビで、当院に第1種感染症センターが設置と報じられました。
最悪の手順で地域への説明が始まってしまったのです。間もなく、感染症センター設置反対の住民運動が起こりました。また間の悪いことに、新聞、テレビは、福島の原子力発電所の事故に対する政府、東京電力、原子力保安院の対応、情報開示のまずさを連日、非難しています。公的機関から発信する「先端の設備で安全である」「心配いらない」は当てにならないと言わんばかりです。そして、テレビは原子力発電所の荒廃した佇まい、寒々とした周辺地域を映し出しています。
県の担当者は感染症センターが安全なことを医学的に説明しますが、地域住民とのやりとりがうまく噛み合いません。「感染症センターは原子力発電所と同様の迷惑施設だ」「エボラ出血熱が住民に絶対移らない保証はあるのか」など、住民の皆さんの発言は強力で、住民の皆さんに納得して頂くことは大変な仕事です。
そこで、私は一言だけ、「今日は、感染症センターに対する皆さんの不安な思いを伺いに参りました。一つずつ、粛々と検証していきたいと思います」と述べ、1回目の説明会を終えました。
開き直って正直に心情を訴えた
こんなことで皆さんの理解を得られるのかと思われますが、些細なことでも隠しだてすると、信用は失墜し、取り返しがつかないことになります。地域の皆さんの理解なしには感染症センターの設置は考えられません。悶々とした日々が過ぎていきました。最後は開き直って、正直に心情を訴え、住民の皆さんの中に飛び込む以外にないと決心しました。
結果的に最後の住民説明会で、感染症センターの地域医療に果たす役割と利点、そして危うさについても、正直に話しました。ついで、「医師は住民との対話が不得手で経験も少ないですが、センターの安全で効率的な運用のため、住民との忌憚のない交流を願っています」と述べました。住民との質疑を重ねるごとに、皆さんのわだかまりが、徐々に晴れていきました。
嬉しいことに、住民の皆さんの要望書には、病院との交流会や学習会の開催が記載されていました。病院と地域の交流がうまく育てば、病院はかけがえのない宝を手に入れるに違いありません。大切に、大切に育んでいきたいと思います。
※ドクターズマガジン2012年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
上野 道雄
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