記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
香山 リカ(著)/集英社クリエイティブ発行
永井 明(著)/平凡社発行
山田 風太郎(著)/角川文庫発行
2年前に定年を迎え、なんちゃら委員会の委員やら物書きをしながら小銭を稼いでおりますが、基本的には晴耕雨読の隠居をしとります。人生100年時代、歳をとってから何をするかというのは、結構大きな問題とちがいますやろか。ということで、一冊目は、香山リカさんの『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』を。
そういえば、テレビでお見かけしなくなってから久しい。知らぬ間に立教大学の教授を辞して、へき地のお医者さんになっておられたとは。勤めておられる穂別診療所は北海道勇払郡むかわ町、へき地感たっぷりの地名である。香山さんは北海道出身とはいえ、札幌生まれの小樽育ち、むかわ町とは縁がない。なぜ「へき地で医者をやってみたい」と思い、何年もかけて準備をし、むかわ町に行きつかれたのか。
きっかけは二つの死であった。ひとつ目はお母様の死で、「60代で自分の人生を楽しまなきゃだめ」と思いいたったこと。ふたつ目は、長年アフガニスタンで活動され凶弾に倒れられた中村哲さんの死で、「安全便利な東京で生活し続けている自分が許せなくなった」。えらいっ!
かといって、すぐにできるわけでもない。そのために必要なのは「頑丈なからだ」、「車の運転能力」、そして「総合診療医研修」と考え、準備を始められる。運動は苦手、車の運転も最悪で免許を捨ててから35年。それを克服しようというのだから大したものだ。しかし、なんといっても最大の問題は医師としての再研修である。地域医療振興財団や再研修を受け入れている病院に「精神科しか経験のない50代後半の女性医師です」としたためたメールを送るも、色よい返事はひとつも来ない。しかし、灯台下暗し。母校である東京医科大学の総合診療科に受け入れてもらえることになる。
赴任先として、「絶海の孤島」といううたい文句にひかれて北海道の奥尻島に応募しようとしていた香山さんがどうして穂別診療所にという理由はなかなか面白い。ヒントは診療所が「むかわ町」にあること。この町名を聞いてピンと来られる方もおられるだろう。いやぁ、運命というのは分からない。
ストーリーそのものも面白いけれど、文章にも疾走感があってワクワクしながら読めましたわ。人生を一毛作で終わらせるのはもったいなさすぎる。こういうお医者さんがおられることを知っただけでも嬉しくなってくるやないですか。それも香山リカさんやし。
医学部生時代、当時は阪大におられた徳島大学名誉教授・島健二先生の講義を受けたことがある。糖尿病がご専門で、血糖値をあげないコンニャクを食べてもインスリンの分泌が増えるという面白い内容だった。その島先生、教授を退任されてから、昔からの夢だった考古学を学ぶために徳島大学に入学、それも学部から。その内容は『定年教授は新入生』(集英社)として出版されているので二冊目としたいところではあるけれど、残念ながら絶版なので断念。20年前、この本を読んだとき、へぇそういうのもありかと思いましたけど、実際にその年齢になったら、絶対にようしませんわ。
医師のセカンドキャリアについての本、調べてみたけど、あまりなさそうなので、あとの二冊は東京医大しばりで。となると、まず思い浮かぶのは、単行本のメインタイトルが『新宿医科大学』だった『ぼくが医者をやめた理由』である。30年も前の本だが、当時かなり売れたと記憶している。今でも電子書籍で読むことができるので、読み直してみたけど、その間、いかに医療が変わったかに驚かされるばかり。
東京医大といえば、誰がなんと言おうと忍法帖シリーズの山田風太郎である。名著『人間臨終図鑑』(徳間文庫、角川文庫)を三冊目にと言いたいところだが、流れからいって、ここは『戦中派不戦日記』をあげねばなりますまい。昭和20年、東京医大の前身である東京医学専門学校に通っていた山田風太郎は何を考えていたのか。後年、医師としての活動はほとんどしなかったはずだけれど、医学の学びは作品にどの程度影響を与えたのだろう。
学風ってありますよね。京都府立医科大学は、「戦争を知らない子どもたち」の精神科医・北山修と「ヒポクラテスたち」の映画監督・大森一樹のイメージにぴったりやし(←個人の感想です)。我が母校・大阪大学医学部のイメージは山﨑豊子の『白い巨塔』のせいもあって「銭」なんかなぁ。それやったらちょっと悲しい。
今月の押し売り本
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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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