記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
宮田 珠己(著)/亜紀書房発行
赤瀬川 原平、藤森 照信、南 伸坊(編集)/筑摩書房発行
島田 雅彦(著)/早川書房発行
散歩、とりあえずマイブームです。それに、厚労省の健康ガイドラインでウォーキングが推奨されていますので、きっと大ブームがやってくるに違いありません。かといって漫然と歩くのはちょっと退屈です。ということで、今回は散歩の3冊をば。
まずは宮田珠己の『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』を。『センス・オブ・ワンダー』いうたら、あの名著『沈黙の春』のレイチェル・カーソンの遺作やないか、と思われた人、正しいけれど、正しくない。カーソンは『Sense of Wonder』、不思議なものに対するセンスであるのに対して、宮田珠己の本は『Sense of Wander』、歩き回ることのセンスである。まぁ、パクリといえば半パクリやけど。
COIのため述べておこう。この本、ご恵送いただいたもので、読まなくてもいいのだが、義理で読み始めただけである。目次を見ると、「二子玉川から等々力渓谷」、「麻布十番から築地本願寺」などと、大阪人にとってはおぼろげにしか分からない固有名詞が並んでいる。分からへんのとちゃうかと思ったが、むっちゃおもろかった。
おもろいものを見つけるぞ的センス全開で散歩する。すると、次々とおもろいものが見つかっていき、写真に撮る。それだけのことだが、じつに楽しそうだ。ふむふむと、同じようなことを近所でやってみた。センス・オブ・ワンダー(wanderです、もちろん)を意識して歩いたら、いつもの歩きなれた道やのに、けったいなもんが次々と見つかるやないの。やみつきになりそう。
楽しむ対象は多岐にわたる。たとえば「無言板」だ。「腐食したり色褪せたりして何が書いてあるか分からなくなった看板」のことをいう。元々は何の看板やったんかと妄想しながらじっと見つめていると、何ともいえない味わいが出てくる。他にも意味不明のオブジェとか、どうしてこんなデザインの遊具がとか、何ともいえない建物とか、枚挙にいとまがない。
思えば、宮田珠己というのはおかしな人である。初期の『ジェットコースターにもほどがある』(集英社文庫)や『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎文庫)は、それぞれタイトル通りにジェットコースターや巨大仏をめぐり歩くエッセイだが、それがどないしてん以外の感想を抱きにくい。『日本全国津々うりゃうりゃ』(幻冬舎文庫)とか『だいたい四国八十八ヶ所』(集英社文庫)といった、人を小馬鹿にしてるんかいっ!と言いたくなるようなタイトルの本もある。
とはいえ、『ニッポン47都道府県正直観光案内』(本の雑誌社)なんぞは一家に一冊は置いておくべき画期的な内容のガイドブックであると確信している。どの本でもいいから、ぜひ、騙されたと思って読んでみてほしい。特に、仕事や勉強につかれて、心から脱力したい時がオススメ。宮田さんは大阪大学工学部土木工学出身のエッセイストだが、密かに日本を代表する紀行作家ではないかと思っている。みんなに認めてもらえそうにないので、あくまでも「密かに」ではあるが。
おもろいものを見つける散歩といえば、『路上観察学入門』という古典がある。1986年だから、もう40年近く前の本だ。前衛芸術家にして作家であった赤瀬川原平を中心に、建築史研究の藤森照信、イラストレーターの南伸坊らによる先駆的な本で、当時ずいぶんと話題になった。「路上観察学会」なるものが組織され、マンホールの蓋や看板から女子高生の制服、ゴミ箱まで、ありとあらゆるものを「鑑賞する」という内容だ。
「学会」を名乗っているだけあって、宮田本より高尚な印象がある。とはいえ、高尚なるものが尊いとは限らない。自分さえ楽しめればそれでいいのである。たとえば宮田の『いい感じの石ころを拾いに』(中公文庫)などは、単に自分で「いい感じ」がする石ころを拾い歩くというだけの本だ。そんなことに何の意味があるのだと思ってはいけない。自分がおもろいと思うことを誰憚(はばか)らずする。それが人生を豊かにする秘訣ではないか。
3冊目は島田雅彦の『散歩哲学:よく歩き、よく考える』を。「私たちが失ってしまったのは、歩きながら哲学した古代の精神だ」という帯の文章、しびれる。たいそうなタイトルと帯文だが、哲学書などではない。歩きながら考えることを推奨する本だ。内容は散歩をめぐるいろいろなエッセイで、読めば散歩がとっても楽しいものだと思えてくる。最後はなぜか居酒屋めぐりみたいになってるのもよろし。
さぁ、みんな、散歩に出かけましょう!
今月の押し売り本
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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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