記事・インタビュー

2024.04.09

<押し売り書店>仲野堂 #26

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

#26
ロバート・ウォールディンガー(著)、マーク・シュルツ(著)、児島 修(翻訳)/辰巳出版発行
辺見 じゅん(著)/文藝春秋発行
湊 かなえ(著)/双葉社発行

去年の秋、軽井沢であったブックフェスティバルにおよばれしました。その時に、けっこうな読書家がオーディオブックで本を聞いておられることを知ってちょっとびっくり。それならとアマゾンのAudibleをやってみることに。そこで聞いたオススメの三冊(って言うんやろか?)をば。

始めてみてわかったのは、思っていたよりもずっといいということ。音読なので読むのに比べてスピードが遅くなるから時間がかかってしかたないだろう、というのが敬遠していた理由だった。確かにそうなのだが、散歩とか電車で立っているときとかでも気軽に聞けるというメリットがある。それに、スピードを上げて聞く機能も付いている。作品にもよるが、倍速はさすがにきついけれど1.7倍くらいなら大丈夫だ。

面白いのは、Audibleの勧めてくる本が、普段のお勧め本とはちょっと違うところ。それほど多くの本が聞けるようになっているわけではないし、出版よりもすこし遅れるからかもしれない。そうやって読んだのが一冊目のオススメ本、『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』である。

ハーバード大学が行った成人発達研究-84年間にわたる2000人以上もの追跡調査-の結果をまとめたものだ。ある時点での人々の状態や考えなどを調べる横断調査とは違い、ある個人について長い年月をフォローし続けるのが追跡調査だ。初めに調べられた人の子どもや孫まで、すでに三世代にわたる調査が進められているから膨大なデータである。

人間が幸福になるために最も重要なものはなにかが、この調査からあぶり出された。答えはシンプル、良き人間関係だった。夫婦であったり、家族であったり、友人であったりとさまざまだが、そのための努力を惜しむなというのが最大のメッセージだ。豊富な具体的事例を挙げながら解説されるので、説得力は抜群。さらに、人間関係を良くするための方法もきちんと示されている。みんながこの本のように行動すれば、世界は素晴らしく良くなるはず。

読みたいと思いながら未読だった『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』も、Audibleで読んだ、というか、聞いた。1989年に出版され、大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞した辺見じゅんの名作だ。2022年に二宮和也主演で『ラーゲリより愛を込めて』というタイトルで映画化されたので、ご存じの方も多いだろう。

敗戦後、シベリアの強制収容所に抑留された山本幡はたお男のドキュメントである。真の教養人というべき山本は、収容所内でアムール句会と名付けた俳句の会を催すなどして淡々と仲間を励まし続けた。だが、残念なことに1954年に病死する。遺書を書き残したが、収容所から文字記録を持ち出すことは決して許されない。にもかかわらず、その内容は一字一句たがわず日本にいた家族の元に届けられた。シベリアでの厳しい抑留生活と遺書の話がメインストーリーである。

どうすればこれだけ詳細に調べることができるのだと驚きのノンフィクションだ。ただ、実際に遺書が最初に遺族に渡った経緯は、この本に書かれているものとは異なっているらしい。そのあたりのことは山本幡男の長男である山本顕一の『寒い国のラーゲリで父は死んだ』(バジリコ)に詳しい。この本と『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』では、山本幡男の印象がかなり違うのだが、人間というのはそういう多面的なものなのだろう。

Audibleの別の楽しみ方は、ナレーションそのものである。吉田修一の『国宝』(朝日新聞出版)は、任侠の世界に生まれた男が歌舞伎の道に進み、絶望と歓喜を繰り返しながら頂点に登り詰める物語だ。語りは尾上菊之助で、さすがに聞き応えがあった。好きな役者さんが読み手を務める本はないかと探して見つけたのが湊かなえの作品『未来』だ。のん-かつては能年玲奈の芸名で伝説の朝ドラ「あまちゃん」の主役を務めた-が語ってくれる。

正直なところ湊かなえは苦手である。何冊か読んだが、話がえげつないし読後感も悪い。でも、のんのナレーション聞きたさに『未来』に挑戦した。家庭内暴力やら性的虐待やら、やっぱり話は暗かった。おそらく普通の読書だったら途中でやめてしまっていた。しかし、のんがあまりに素晴らしかったので、最後まで聞き切れた。これも、耳から聞く読書の一つの楽しみ方だろう。

オーディオブックには無料体験ができるものもありますわ。いっぺん、試してみはることをお勧めします。あかんかったらやめてしもたらええだけやし。

今月の押し売り本

グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない
ロバート・ウォールディンガー(著)、マーク・シュルツ(著)、児島 修(翻訳)/辰巳出版発行
価格:1,870円(税込)
発刊:2023/6/20
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今月の押し売り本

収容所(ラーゲリ)から来た遺書
辺見 じゅん(著)/文藝春秋発行
価格:715円(税込)
発刊:1992/6/10
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今月の押し売り本

未来
湊 かなえ(著)/双葉社発行
価格:1,848円(税込)
発刊:2018/5/19
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仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2024年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #26

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