記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
#23
ジョー・ミラー(著)、エズレム・テュレジ(著)、ウール・シャヒン(著)、柴田 さとみ(翻訳)、山田 文(翻訳)、山田 美明(翻訳)/早川書房発行
サラ・ギルバート(著)、キャサリン・グリーン(著)、黒川耕大(翻訳)/みすず書房発行
ピーター・ロフタス(著)、柴田 さとみ(翻訳)/草思社発行
COVID-19、いつになったらおさまるんでしょうな。いうたらコロナウイルスという風邪のウイルスなどによる感染症なんですから、いつまでも続くのかという気がしないでもありません。他の風邪と違うのは、重篤化の可能性があること、そして、ワクチンがあることですわな。今回は、そのワクチン開発についての三冊でおます。
ワクチン開発がスタートするという報道がなされたとき、多くの人はウイルスベクターワクチンが一歩先んじると予想したのではないだろうか。mRNAワクチンの方が開発は容易かもしれないが、いかんせん使用実績がなさすぎた。日本でのDNAワクチンは、いっちゃぁなんだが論外だった。
実際には、mRNAワクチンが、スピード、効果、副反応の面でウイルスベクターワクチンを凌ぐ成績をあげた。ご存じのようにmRNAワクチンはファイザーとモデルナ、ウイルスベクターワクチンはアストラゼネカのものだ。これら三つのワクチンの開発ドキュメンタリーが出そろった。読み比べてみると面白い。
日本での出版は、ファイザーの『mRNAワクチンの衝撃:コロナ制圧と医療の未来』、『ヴァクサーズ――オックスフォード・アストラゼネカワクチン開発奮闘記』、そして『モデルナ―万年赤字企業が、世界を変えるまで』の順だった。原著では順序が違うが、2021年の11月から2022年の7月までの間に立て続けに出版されている。ワクチン開発同様、出版のスピード競争も熾烈であったに違いない。ここでは書影も紹介も日本語版の出版順でいってみよう。
いずれもけっこう大部な本なので詳細を紹介するのは難しい。だが、原著のタイトルとサブタイトルを見ると、その内容の違いが少し分かってくる。まず『mRNAワクチンの衝撃』は、『The Vaccine:Inside the Race to Conquer the COVID-19 Pandemic』(ワクチン:COVID-19のパンデミックを征服するための競争の内側)である。ファイザーワクチンと呼ばれているが、ファイザーは資金提供ならびに販売をおこなったのであって、実際に開発したのはドイツのベンチャー企業ビオンテック社だ。その創業者であるトルコ出身の医師夫婦のサクセスストーリーとして読むこともできる。この本については、以前にノンフィクションレビューサイトのHONZで紹介したことがあるので、興味のある方は【HONZ×mRNAワクチンの衝撃】で検索してほしい。私ともうひとり、ホリエモンのレビューも読めます。
つぎの『ヴァクサーズ』は『VAXXERS:The Inside Story of the Oxford AstraZeneca Vaccine and the Race Against theVirus』(ヴァクサーズ:オックスフォード・アストラゼネカワクチンとウイルスに対する競争の内幕)だ。こちらも、実際に開発したのはアストラゼネカではなくて、オックスフォード大学のグループである。アストラゼネカワクチンは三者のうちでいささか分が悪かったように見えるが、おそらくその理由の一つは、ワクチンの効果や副反応そのものよりも産学共同による開発段階でのぎこちなさではなかったかと思えてくる。
三冊目、『モデルナ』の原題は『The Messenger:Moderna,the Vaccine, and the Business Gamble That Changed the World』(メッセンジャー:モデルナ、ワクチン、そして世界を変えたビジネスギャンブル)といささか誇大気味だ。このタイトルが示すように、ワクチン開発だけではなくて、モデルナ社の成り立ちから、どのように危機を乗り越えながら発展してきたかについての記述も詳しい。米国のベンチャー企業がいかにえげつないか、そして、そうでなければ過酷な状況を乗り越えられないかがよく分かる。
どのワクチンも、極めて早い段階で研究が開始され、トップスピードで開発が進められた。また、いずれもが幸運に恵まれたように書かれているが、これは目利きが素晴らしかったというべきだろう。このような共通点とは逆に、異なっていることもある。
一つは開発母体である。先に書いたように、アストラゼネカワクチンだけが大学発であり、他の二つはベンチャー企業発である。また、資金調達としては、モデルナのみが単体でおこなったものであり、他は大企業に委ねた。『モデルナ』にも書かれているが、これは、米国と欧州(ドイツと英国)のメンタリティーの違いが理由なのかもしれない。
いやぁ、結果はどれも大儲けに終わってますけど、ホンマにどうなるか分からん状況、ギリギリのところで開発がおこなわれてたんですわ。日本でも、次のパンデミックに備えてとか国がいうてますけど、この三冊を読んだら、ちょっと勝負にならへんのとちゃうかという気がしてしまいますで。ほな。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2023年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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