記事・インタビュー

2023.09.21

<押し売り書店>仲野堂 #20

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

#20
アントン・ツァイリンガー(著)、大栗 博司(著、監修)、田沢 恭子(翻訳)/早川書房 発行
カルロ・ロヴェッリ(著)、冨永 星(翻訳)/NHK出版 発行
マンジット・クマール(著)、青木 薫(翻訳)/新潮社 発行

サイエンス系の本は売れないと相場は決まっとります。それでも、よく売れる本が出るジャンルもあります。ちょっと意外なんですけど、理論物理とか宇宙論がそうなんですわ。なんでやと思わはります?

あくまでも個人的な意見なんですけど、読んでも結局のところよう分からんからではないかと踏んでます。この分野でベストセラーになった本があると、今度こそ分かるかもしれんと読んでみる。でも、やっぱり分からん。で、また次が出たら、というのを繰り返すコアなファンがけっこういるのではないかと。なんでそんなことを思うかって?かくいう仲野堂がそやからでおます。

そんな感じなので、量子物理の知識とかは一応あるつもりです。ただ、それは表面的な知識であって、理解しているとは言いがたい。というような状態がず~っと続いていたんですけど、この本を読んでようやく腹落ちしました。それが1冊目『量子テレポーテーションのゆくえ:相対性理論から「情報」と「現実」の未来まで』でおます。

原著が出版されたのは2010年と10年以上前なのだが、著者のアントン・ツァイリンガーが「量子もつれ」で昨年のノーベル物理学賞を受賞したので翻訳が出されたのだろう。タイトルは量子テレポーテーションだが、光の粒子性から、量子の不確定性、量子もつれ、そして、量子ねじれによる超遠距離の情報通信、すなわち量子テレポーテーションへと話が進んでいく。

無味乾燥な講義ではなく、ツァイリンガーならぬクォンティンガー教授――おそらく量子quantumとツァイリンガーの合成名称――が、二人の大学生アリスとボブに教えるという形で話は進む。具体的には、命じられた実験をアリスとボブが行い、そのデータを二人で議論しては教授の指導を受けていく。読者としては、二人と一緒に考えながら少しずつ歩み続けることができる。だから内容が頭に沁みていく。

例えば有名な「シュレーディンガーの猫」である。半減期がt 時間の放射性同位元素1分子があり、それが崩壊したら毒ガスが放出される箱を仮定する。そして、その箱の中に猫が入れてある。

t時間後、崩壊したかどうかの確率は五分五分。その時点で、箱の中の猫は生きている状態と死んでいる状態が半分ずつ重ね合わされた状態にあり、箱を開けた時点で生死が決定する―― という、直感的および常識的には受け入れられない話だ。しかし、この本の解説を読んで、初めて深く納得することができた。

数式など書かれていないし、実験にどのような装置が使われるかの具体的な説明もないので、詳細まで理解できたとはとても言えない。しかし、あくまでも理屈のうえでということだけれど、量子コンピュータや量子テレポーテーションが分かったような気にさせてもらえるのはすごすぎる。いやぁ、超絶賢い人は説明能力もレベルが違いますわ。

2冊目は量子論を基礎に大きく思想を飛躍させた『世界は「関係」でできている:美しくも過激な量子論』を。量子論的には森羅万象が「空」である。それが真実なのだから、物質から人間の関係に至るまで、実体ではなく関係こそが重要であるという思想だ。まるで仏教書のようだが、著者は理論物理学者カルロ・ロヴェッリ。かなり難解な内容だけれど、1冊目とは別の意味で賢くなったような気になれまっせぇ。

今回は量子論のそろい踏みということで、3冊目は『量子革命:アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』を。量子論の産みの親、ニールス・ボーアと、量子論の元となる光の粒子説を唱えながら最後まで量子論を受け入れることができなかったアルベルト・アインシュタインの論争をメインにした本だ。

ある学問分野が立ち上がる、その物語が明瞭に残されているケースはほとんどない。しかし、量子論は例外で、誰が何を発見し、どのような議論が交わされたかが詳細に記録されている。だから、科学あるいは学問に興味がある人にとっては、胸躍る一冊になっている。ちなみに、訳者の青木薫さんは京都大学の物理学出身である。それだけに、とても正確で分かりやすく訳されているし、内容的にも先の二冊に比べるとうんと読みやすい。どうでもええけど、青木さん、女性です。

さて、どないですやろ。量子論、けっしてやさしいとは言えまへん。そやけど、これから、量子暗号とか量子コンピュータが実用化されていくかもしらへんのです。ある程度の知識がなかったら、不思議の国に住むようなことになってしまいますで。ほな。

今月の押し売り本

量子テレポーテーションのゆくえ:相対性理論から「情報」と「現実」の未来まで
アントン・ツァイリンガー(著)、大栗 博司(著、監修)、田沢 恭子(翻訳)/早川書房 発行
価格:2,750円(税込)
発刊:2023/5/23
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今月の押し売り本

世界は「関係」でできている:美しくも過激な量子論
カルロ・ロヴェッリ(著)、冨永 星(翻訳)/NHK出版 発行
価格:2,200円(税込)
発刊:2021/10/29
Amazon

今月の押し売り本

量子革命:アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突
マンジット・クマール(著)、青木 薫(翻訳)/ 新潮社 発行
価格:3,080円(税込)
発刊:2013/3/29
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仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2023年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #20

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