記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
カイ・バード (著)、マーティン・J・シャーウィン (著)、河邉俊彦(翻訳)、山崎詩郎(監訳)/早川書房 発行
ジム・バゴット(著)、青柳伸子(翻訳)/ 作品社 発行
A・J・ベイム(著)、河内隆弥(翻訳)/国書刊行会 発行
本ほどではありませんけど、映画も好きですねん。アカデミー賞総ナメ!とかになったら、つい観に行ってしまいます。もちろん『オッペンハイマー』も。で、その原案となった本から。
タイトルは映画と同じく『オッペンハイマー』、2007年に『オッペンハイマー「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』として刊行された本の、おそらくは映画化をきっかけにした文庫化である。上中下の三巻、サブタイトルは順に『異才』、『原爆』、『贖罪』で、カバー写真にはそれぞれの年代におけるオッペンハイマーの肖像写真が使われている。どちらも非常に象徴的でナイス!
オッペンハイマーは「アメリカの理論物理学者。第二次大戦中、ロス‐アラモス研究所所長として原子爆弾の完成を指導。プリンストンの高等研究所所長・原子力委員会顧問。水爆製造に反対して、同委員会から追放された。(1904~1967)」人物である。さすが便利やわぁ、広辞苑。さらに付け加えておくべきは、濡れ衣だったが、冷戦下における「赤狩り」の時代に、ソ連のスパイではないかとの嫌疑から聴聞会にかけられたことだ。
この本の原題『American Prometheus (アメリカのプロメテウス)』はギリシャ神話のプロメテウスから取られている。天にあった火を人間に与えたがために全知全能の神ゼウスの怒りを買って岩につながれ、鷲に肝臓をついばまれる男神がプロメテウスである。不死であるがために肝臓は夜ごとに再生し、ついばまれ続けるという拷問だ。火が原爆、プロメテウスがオッペンハイマー。なんと含蓄のあるタイトルなんや。
ご恵送いただいたのだが、大部なので積ん読するしかなかろうと、ほったらかしにしていた。けれど、映画がむちゃくちゃに良かった。とはいえ、ネパールへトレッキングに行く機内で、日本公開前の英語字幕バージョンしか観られなかったせいで、よく理解できないところもあった。そうだ原案を、と思って読むことにした次第。長かった。けど、面白かった。映画に出てくるシーンが実際にあった出来事をいかに脚色しているかもよく分かった。アカデミー脚色賞はダテじゃありませんわ。
オッペンハイマーは天才的、ではなくて、天才だ。さらには、一風変わってはいるが多くの人を引きつける人物だった。もし原子爆弾の開発責任者にならなければ、どんな人生を送っただろう。詮ないことではあるけれど、より無名に終わっただろうが、より幸せではなかったか、などと、つい考えてしまう。
自らが指揮した人類初の核実験であるトリニティー実験が成功したとき、閃光を見ながら「我は死なり 世界の破壊者なり」とつぶやいたことがよく知られている。映画でも、その台詞は二度出てきた。なぜヒンズー教の経典にある言葉をサンスクリット語でつぶやけたのかと以前から不思議に思っていたのだが、物理学だけでなく文学などの知識も豊富で、専門家が驚くようなレベルの教養人だったという。賢すぎやろ。
2冊目は『原子爆弾 1938~1950年――いかに物理学者たちは、世界を残虐と恐怖へ導いていったか?』を。ドイツの化学者・物理学者であるオットー・ハーンによる核分裂反応の発見から原子爆弾の開発、使用、そして拡散へと到る経緯が詳しく紹介されている。これ一冊で、初期の原子爆弾についての全てが分かると言っても過言ではない。残念ながら絶版のようだが、図書館で借りてでも読む価値ありますで。
映画『オッペンハイマー』は、原爆の被害をほとんど描いていないといった批判から、一時は公開が危ぶまれていた。最終的には「さまざまな議論と検討」の末に公開されたが、原爆の映画というよりはオッペンハイマーの伝記映画なのだから、その判断は正しかったように思う。3冊目は、原爆投下を最終的に決断したアメリカ合衆国大統領の伝記『まさかの大統領ハリー・S・トルーマンと世界を変えた四カ月』を紹介したい。
全く平凡な男であったトルーマンが、フランクリン・ルーズベルトの急逝により副大統領から大統領に昇任する。あまり信頼されていなかったのか、なんとその時まで原爆開発のマンハッタン計画について何も知らされていなかったというから驚くしかない。戦況が決していたのに、どうして広島のみならず長崎へも投下したのか。戦後、トルーマンに招かれ「自分の手が血塗られているように感じる」と伝えるオッペンハイマー。映画最大の見所のひとつ、大統領の反応や如何に?
ふぅ、真面目に大ネタの三冊でしたな。たまにはこういうヘビーな読書もよろしいで。ちょっと疲れますけど。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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