記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
メリー・エリザベス・ウィリアムズ(著)、片瀬 ケイ(翻訳)、中村 泰大(監修)/筑摩書房発行
西 加奈子(著)/河出書房新社発行
今田 俊(著)/朝日新聞出版発行
自分の病気のことを書いた本は「闘病記」とひとくくりにされてます。ずいぶんと昔ですが、大阪大学医学部の先輩である頼藤和寛先生は、がんと闘っているわけではないからと、『わたし、ガンです』という本のサブタイトルに『ある精神科医の耐病記』とつけられました。同じように、がんとは闘うようなものではないという女性ジャーナリストの『ファック・キャンサー』から。
いささかお下品なタイトルだ。原題は『A Series of Catastrophes and Miracles』なので『カタストロフィー(大惨事)と奇跡の連続』と格調高いのとはいささか対象的である。しかし、通院するときは「Fuck Cancer」と大書されたTシャツを着用するし、本の中で何度もこの言葉が出てくる。著者は優れたライターさんだが、口はかなり悪い。なのでこういう邦題をつけたくなる気持ちも分かる。
40代前半でメラノーマ(悪性黒色腫)に罹患する。切除後に再発し、ステージ4の宣告を受ける。昔なら絶望しかなかったはずだ。しかし、時代が彼女に味方した。がんの免疫チェックポイント療法がまさに確立されかけていた時代だった。さらに幸運だったのは、ニューヨークのメモリアルスローンケタリングがんセンターで治療を受けていたことだ。
がんの免疫チェックポイント療法でのノーベル賞は、PDL1とCTLA-4、それぞれの分子機能を阻害する方法の開発者に与えられた。前者は、わが師匠である京都大学の本庶佑先生のニボルマブ(オプジーボ)、後者がメモリアルスローンケタリングがんセンターのジェームズ・アリソン博士のイピリムマブ(ヤーボイ)という薬になった。著者は幸運にも、両剤併用療法の第Ⅰ相臨床試験に参加でき、著効だった。いや、著効という言葉では不十分だ。何しろ「完治」したのだから。
あらすじといえば、それだけである。だが、内容は医学に限らない。むしろ、それ以外の日常的な出来事がメインだ。いったん離婚してよりを戻した夫、2人の娘、義父母、若い頃からの親友デビーなど親しい人たち、医師や看護師といった医療従事者たち。なんと、アリソン博士も登場する。そういった人たちとの関わりや、どのような状況で何をどう考えたかといったことが描かれていく。サブタイトルは『愛と科学と免疫療法でがんに立ち向かう』だが、内容的には科学や免疫療法よりも愛が圧倒的に多い。
夫と娘たちは自分の病気をどうとらえ、どう反応したか。卵巣がんに侵された親友デビーとの患者同士としての併走。素晴らしい医師がいれば、とんでもないゲス医者もいたこと。その書きぶりには、赤裸々という言葉しか思い浮かばない。それどころか、あまりに凄すぎてついていけないこともあるくらいにユーモアのセンスがとんがっている。
米国のがん医療の一端を知ることができるのもいい。超一流のがん病院なので、一般化はできないかもしれないが、本当に素晴らしい。もう一つ驚いたのは、ギルダスクラブ(Gilda’sClub)という、がん患者のためのコミュニティー組織があることだ。そこには患者本人だけでなく、親族や子ども、友人たちのためのプログラムも設けられている。このように、単なる「闘病記」としてだけでなく、いろいろなことを読み取れるユニークな本になっている。
2冊目は西加奈子さんの『くもをさがす』を。ご存じの方も多いだろう、西さんはイラン生まれ、カイロ・大阪育ちの直木賞作家である。その大阪弁を駆使した小説が大好きで、何冊も読んでいる。カナダに移られた西さんが、コロナ禍の真っ最中に浸潤性の乳がんを宣告された。内容的には『ファック・キャンサー』と同じく、治療のこと、家族や友人のこと、そして、自分の思いなどである。面白いのは、なぜかカナダ人の看護師さんたちの言葉が大阪弁になっているところ。大阪人やから余計にそう思うのかもしれんけど、むっちゃええ感じ。
さすがはジャーナリストと作家である。絶望と希望、周囲への、そして周囲からの愛や注文などをしっかり書くには文章力が相当に必要と思うのだが、十分に満たされている。ということで、3作目もジャーナリストの書いた本、急性骨髄性白血病に罹った朝日新聞経済記者による『無菌室ふたりぽっち』を。面識はなかったが、入院をきっかけに、同じ病気を発症したアエラ編集部のカメラマン、エンドーくんと知り合うことになる。二人で励まし合いながら治療に専念するが……というお話だ。
3冊とも、明るいばかりの内容ではありませんけど、読み応え十分です。今回は、しんみりとオススメしときます。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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