記事・インタビュー

2024.06.17

【Doctor’s Opinion】私の腹腔鏡史27 年 ― 低侵襲手術の適応拡大への挑戦 ―

倉敷成人病センター 理事長・低侵襲手術センター長

安藤 正明

私が腹腔鏡手術を始めたのは1997年のことである。それまでは膣式子宮全摘術を数多く行ってきたため、開腹手術と膣式手術との侵襲に大きな差があることに気付いていた。しかし、膣式子宮全摘術は子宮の摘出に限られ、膣の狭い症例や癒着のある症例には適用できないという問題があった。当時卵巣がんや子宮体がんのsurgical stagingでは恥骨から剣状突起に至る長大な皮膚切開が必要となり、患者さんが術後ぐったりしている状態が続いた。回復に2週間を要することもあり、なんとかならないものかと考えていた。フランスで腹膜外傍大動脈リンパ節郭清を腹腔鏡で行っている医師がいると聞き、手術ビデオを入手してこれを導入した。80歳近い子宮体がんの患者さんが手術の翌日笑顔で歩いているのを見て非常に驚いたのを覚えている。20例経験した後、フランスで手術を見学し、自分のやりかたは間違っていないと確信して、現在までに900例を超える腹膜外傍大動脈リンパ節郭清を行っている。

1997年以降、開腹手術をどんどん低侵襲化していった。低侵襲手術の内容も細径から単孔式、v-NOTES(経膣腹腔鏡下手術)、ロボット手術と多岐にわたる。保険診療の許す限り開腹手術を減らしてきた。例えば、良性疾患の子宮全摘の99%以上は腹腔鏡下で行っている。そのため、困難例も多くなるが、それでも開腹手術移行率は0.1%である。子宮全摘術の制限因子は子宮の大きさと癒着であるが、適応拡大して子宮筋腫は最大7060g 。また既往手術が5回あっても腹腔鏡で手術している。子宮頸がんや体がんの手術はほぼ100%腹腔鏡あるいはロボット支援下である。今まで行ってきた困難性の高い手術は、浸潤性子宮頸がんの子宮温存手術、単純子宮全摘術後に浸潤子宮頸がんが判明した症例に対する広汎子宮傍組織切除、尿路再建などがある。

子宮頸がんの腹腔鏡下子宮温存手術は、2001年に本邦で初めて行った。従来の広汎手術では生まれてこなかったはずのお子さんが成長して、高校や大学に通うまでになっている。先日あるお子さんが演奏するバイオリンコンサートに招待された。演奏を聴いたときは大変感動した。

外国でも通常その国で一般化されていない難手術をする機会が数多くあった。機器が日本と同じでないことも多く、スタッフも不慣れなので難手術となってしまう場合が多い。バンコク、ソウル、北京、上海、大連、クチン(マレーシア)、シンガポール、メルボルン、ローマ、アヴェリーノ(イタリア)、ムンバイ、コロンボ、チェンナイ、バリ、スラバヤなどで手術を行った。2013年daVinci Siを導入し、その後新機種のdaVinci Xiに移行。これを2台にし、さらにdaVinci SP を追加して現在は3台の手術ロボットが稼働している。

3年前の雨の日に転倒し腱板断裂が起こり、上腕の挙上が困難となったため、手術を受けた。一時的に通常の腹腔鏡手術ができなくなった。このため肘から先の動きだけでできるロボット手術を一気に増やすことになった。以前からの約束を果たすため、ローマで開催されていたイタリアの子宮内膜症学会で、深部子宮内膜症のロボット手術のWebライブデモを入院中に行った。これも高度の癒着があり、子宮周囲後腹膜の線維化が強く難症例であった。子宮摘出後に尿管部分切除と尿管膀胱新吻合を行った。

これまで腹腔鏡手術で行ってきた難術式も、現在はロボット支援下で再現しつつある。昨年は婦人科だけで550例のロボット手術を行った。この10年の間に腹膜外傍大動脈リンパ節郭清、直腸子宮内膜症に対するLAR(Low AnteriorResection)、尿管子宮内膜症に対する尿管膀胱新吻合など難度の高い手術にも適用してきた。

昨年5月に本邦で3台目となるdaVinci SPを導入し、急速に手術を増やしている。SPは単孔式の手術ロボットで25㎜のカニューラ(筒)から体腔内でカメラと3本の腕が出てきて操作するシステムである。カメラと鉗子にそれぞれ2カ所の関節があり操作が複雑化するが、狭い空間での手術に適し、体表の創が1、2点となる。患者さんからの希望は多いが、術者にとっては操作が複雑で手術の難度が上がる。それでも子宮全摘のほか骨盤性器脱、体がん、深部子宮内膜症の直腸や尿管の合併切除などにも適用拡大を図っている。当科では年間1500件の低侵襲手術を行っている。私は本来管理職であるが、現在も週20〜25例の全身麻酔の低侵襲手術を行っており、このうち半数がロボット手術となった。

話は変わるが、27年間、私は鉗子の素振りを続けている。一日40分の腹腔鏡手術用の鉗子とドライボックスを用いた体腔内結紮トレーニングは欠かさない。結紮時、鉗子の先端は複雑な軌跡を描くため絶好のトレーニングになる。操作の完全性を目指し、鉗子の先端を0.1㎜の狂いもなく正確に目標に当てたいと考えている。これを続けることによって何ができるか見極めることが現在の私の楽しみであり課題である。

安藤 正明 あんどう・まさあき

1980年自治医科大学卒業。内科医としてへき地診療に従事し、1986年倉敷成人病センター産婦人科入局。2001年同センター産婦人科部長就任、2010年同センター理事、2015年同センター院長。日本のみならず、世界各国の大学の客員教授、国内外の内視鏡や腹腔鏡に関する受賞多数。「倉敷に安藤あり」世界的な婦人科における低侵襲手術のパイオニア。「ドクターの肖像」2015年12月号に登場。

※ドクターズマガジン2024年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

今 明秀

【Doctor’s Opinion】私の腹腔鏡史27 年 ― 低侵襲手術の適応拡大への挑戦 ―

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