記事・インタビュー
八戸市立市民病院 病院事業管理者
今 明秀
一生に一度でいい、感動する救命処置をやってみたい。感動する手術をやってみたい。感動する場面にスタッフとして存在したい。これが実現できればそれまでの苦労は帳消しだ。
劇的救命( unexpected survivors) という言葉をご存知だろうか。外傷患者は、損傷部位と形態、バイタルサイン、年齢、受傷機転から予測救命率を計算できる。予測救命率が50%未満の重症外傷患者を救命することを劇的救命と呼ぶ。それは病院前~ER~手術室~ICU~病棟~リハビリテーションと全力で治療しないと成し得ない。劇的救命は医療者を感動させる。
この患者は重症すぎて救えないよ、あきらめよう。手術したけれど残念だったね、仕方ないよ。このように目の前で重症患者を失った時に割り切ることができる医師もいる。しかし、患者の家族も看護師も納得できていないことが多い。もしかしたら、別の病院へ運ばれれば助かったかもしれない。そんな苦情をよく相談されてきた。若い医師たちは重症患者にあきらめないで立ち向かってほしい。そのために医師になったはずだから。
瀕死の外傷患者を救うことは難しい。米国に銃創患者が多かった時代があった。その時代、重症外傷の患者を救うには院内に外傷外科医の待機が必須だった。しかし、銃創患者が少なくなり、交通事故による鈍的外傷が外傷診療のメインになると、外傷外科医の院内待機は必ずしも必要なくなった。正確な初期診療を行う救急医がいれば、自宅から外傷外科医を呼び出しても間に合う。優秀な救急医と少ない外傷外科医の連携で重症外傷を救うことができるのだ。
わが国では、Primary-care trauma life support(PTLS), Japan advanced trauma evaluation and care(JATEC),Japan prehospital traumaevaluation and care(JPTEC)などの外傷診療標準化コースが20年の歳月を経てようやく普及してきた。学生や研修医の頃から外傷初期診療を学ぶことができるようになった。外科医も普段は腫瘍をメインに扱うが、年に数回しか経験することができないmajor trauma surgery に文献を読んで立ち向かうようになった。だが、まだ何かが足りない。それは外傷診療の質の評価だ。自分が行なった初期診療が良かったのか悪かったのか、外科医がとった手術の優先順位と方法が適切だったのかどうか。そのフィードバックを自らができる施設は国内に限られている。医師の働き方改革が叫ばれる一方で、診療の質の保持や向上も求められる。
劇的救命が多いことは、診療の質の高さを示す。それとは逆に、防ぎ得た外傷死が多いと質が低いことを示す。米国で1960年代に防ぎ得た外傷死は25~50%に上ったといわれている。しかしその後、外傷センター・外傷治療システムを整備したことでこの防ぎ得た外傷死が1~20%に激減した。防ぎ得た外傷死を減らすには外傷患者を外傷センターに集約するシステムが必要だ。多くの症例を経験している医師とその施設は高い診療の質を持つ。本邦では2001年の厚生労働省班研究において38・2%という極めて高い防ぎ得た外傷死の割合の存在とその大きな施設間格差が示された。症例の集約化は課題の解決に向けた一手段とされているが、どのような症例をどこへ集約すべきかについての議論は未だ十分でなく、また合意も得られていない。2021年日本外傷学会は地域における包括的外傷診療体制についての提言を示し参考になる。
悪性腫瘍の治療成績は5年生存率で比較され、劣る施設は改善を目指す。外傷診療はようやく標準的な初期診療ができるようになってきた。これからは質を考える時代だ。日本外傷診療研究機構の日本外傷データバンクに参加しよう。そして臨床評価指標(Quality Indicator)で比較しよう。自らフィードバックできる施設を目指そう。
劇的救命を経験した医師、間近で見た医師は強い衝撃を受ける。劇的救命は若い医師をとりこにする。劇的救命は患者を、家族を、医療者を、社会を感動させる。一生に一度でいい。感動する劇的救命を経験してみないかい。
今 明秀 こん・あきひで
1983年自治医科大学卒業。青森県立中央病院での研修後、倉石村国保診療所所長、公立野辺地病院、六戸町国保病院を経て、1998年日本医科大学救急医学教室入局、2004年八戸市立市民病院救命救急センター所長、2017年同院院長、2023年より現職。劇的救命で数多くの患者を救ってきた。「ドクターの肖像」2019年9月号に登場。
※ドクターズマガジン2024年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
今 明秀
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