記事・インタビュー

2024.01.16

【Cross Talk】スペシャル対談:多様化する時代におけるキャリアの作り方<後編>


近年、女性医師は増加傾向にあり、医学部入学者の約3分の1を占めるまでになっている。その一方で、未だ女性医師がキャリアを描く際に多様なロールモデルがそろっているとは言い難い。今、最前線で働く女性医師は自らのキャリアや人生をどう描くのかー。バックパッカーを経て医学部に学部編入し、特別養子縁組で親子の縁を持った1歳の子どもを育てながら、産婦人科医として女性の健康支援をする柴田綾子氏。そして、秋田の救急医療を救うため、救急医がたった3人の医局に初めての専攻医として飛び込んだ佐藤佳澄氏。異なる生き方をしてきた2人の女性医師に、それぞれの生き様やキャリアについて思いの丈を語っていただいた。

<お話を伺った方>

柴田 綾子

柴田 綾子(しばた・あやこ)
名古屋大学情報文化学部卒業後、2011年群馬大学医学部を卒業。沖縄県立中部病院での初期研修後、2013年より現職。院内に留まらず各地での後進教育に携わる。SNS やオンラインを活用したセミナーで薬剤師や一般に向けた発信も積極的に行う。主な著書に『女性の救急外来ただいま診断中!』(中外医学社)、『産婦人科研修ポケットガイド』(金芳堂)、『明日からできる! ウィメンズヘルスケア マスト&ミニマム』(診断と治療社)など。『患者さんの悩みにズバリ回答! 女性診療エッセンス100』(日本医事新報社)など。 淀川キリスト教病院の「医師の働き方改革」の推進にも携わる。

 

佐藤 佳澄

佐藤 佳澄(さとう・かすみ)
秋田大学大学院医学系研究科 救急• 集中治療医学講座 助教。2015年秋田大学医学部を卒業後、2017年に同講座に入局。市中の関連病院などで研鑽を積み、救急科専門医、集中治療専門医を取得。2022年、秋田大学大学院医学系研究科 博士課程 卒業。2022年より現職。血液浄化療法の研究とCase report の執筆・指導に力を入れている。秋田県の救急医療の標準化の必要性を感じ、救急医を志した。2021年には血液浄化の研究に関連し「井上学術奨励賞」受賞、2023年には「第50回 日本集中治療医学会学術集会 若手教育講演部門賞」を受賞した。

働き方改革が進む救急医療 2週間の休暇を取る人も

対談

 佐藤 先生 :柴田先生の病院では女性医師は増えていますか?

 柴田 先生 ︙今働いているところは、約6割が女性医師です。最近ではチームの中に女性が増えてきたこともあり、妊娠や出産、育児などライフステージのことも話しやすい雰囲気になってきました。また、患者さんからすると、プライベートなパーツの診療になるので、同性の方が心を開きやすいというのはあると思います。その一方で、お産など夜間帯の診療も多い診療科ですから、女性だけで回せるわけでもありません。患者さんとの信頼関係を築けるかどうかは、結局、性別は関係ないと思っています。

 佐藤 先生 :今は多様性の時代で性別によってどうこうというのはあまり意味がありませんが、実は救急は柔軟な働き方ができるので、女性にとっても男性にとっても働きやすい職場なのですよ。男性でも育休を取ったり、子どもの発熱で遅刻したりなども日常です。有給取得も理由を問われませんし、休暇に関する連絡もチャットで気軽に行える体制です。

 柴田 先生 ︙救急医療はもともとシフト制なので、働き方改革もすごく進んでいるイメージがあります。

 佐藤 先生 :そうなのです。働き方改革には早くから取り組んでいて、夜勤明けは休みのシフトを割り当てたり、育休を積極的に取得させたり、年末年始や夏休み、冬休みは長期間休むといった働き方が定着しています。交代で休みを取り、全員が2週間以上、夏休みを取れます。常に誰かがいない状態なので、残された方は大変ですが(笑)。また、シフト制などの働き方だけではなく、サブスペシャルティも多様です。私のように集中治療もいれば外科系もいます。救急医療は地域医療システムに依存するので、行政の仕事や災害医療に興味を持つ人もいますね。院内外のまざまなキャリアに触れることができるので、個性に応じたキャリアの選択ができるところも救急の魅力です。

 柴田 先生 ︙私の病院でも早くから働き方改革に着手していて、主治医制から病棟医制へ変更しました。主治医はいますが、日中起こったことは基本的に病棟医が担当し、主治医に直接電話がかかることがないように診療しています。最初はチーム制にしたのですが、とくに市中病院の場合、産婦人科は回転が早く患者さんがどんどん入れ替わります。そのため把握が大変になり、最終的に病棟医制に落ち着きました。患者さんへのインフォームドコンセントなどの重要な決定は主治医が行いますが、当直内に起きたことは当直医、日中は病棟医が担当しています。私の科は育児中の医師も多いのですが、育児中は夜間勤務が難しい一方で、日勤帯の病棟医や外来代診を任せられるので、当直明けの人が帰りやすくなり、とても助かっています。

避けて通れないSNS の活用 医学部で情報発信の講義も必要に

 佐藤 先生 :SNSなどを見ていると、日勤しか対応しないことに対してネガティブな意見をする医師が一定数いますよね。実際には日勤を途切れなく診てくれる人がいるのはとても大切なのですが、なかなかそうした声は表には出てきません。やはり日勤も当直もしている人からしたら、不満が出てきてしまうのでしょうか。

対談

 柴田 先生 ︙そうですね。どちらかといえば、日勤しか対応しないことではなく、長時間労働をしなければならない環境の方が問題です。私の科では、当直明けは完全にオフなので、後を任せられる日勤の先生の存在がありがたいです。しかし、当直後も通常業務をしなければいけない環境では、不公平に感じてしまうと思います。日本は宿日直という特殊なルールがあるので、医師の労働環境が悪いのだと感じます。とくに最近、宿日直許可基準が緩和されており、地域医療を守るためとはいえ長時間労働が改善されにくくなるのでは、と心配しています。

日本救急医学会が2019年と早い時期に「人を救うには、まず自分が健康でなければならない」という声明を発表しましたよね。私は同期が数人、うつ病になって第一線を離脱するのを目の当たりにし、医師の労働環境の改善と健康の重要性を痛感しました。その意味では、学会が先駆けてこうした情報発信をした意味は大きいと思います。

実親が育てられない子どもを預かり家族に 特別養子縁組で母になる

 佐藤 先生 :柴田先生は今、子育てをしながらこれまでと同じように働いていらっしゃいます。

 柴田 先生 ︙はい。実は今、特別養子縁組で親子になった1歳のこの子をパートナーと育てています。私はもともと子どもが大好きで育てたいという気持ちがあったのですが、自分で出産することに対する強い思いはありませんでした。最初は自分たちで妊活をして、体外受精もしましたが妊娠しなかったので、パートナーと話し合って特別養子縁組を選択したのです。この子は、生まれてすぐに実母からお預かりし、一緒に暮らしています。一般企業に務めるパートナーは3カ月間の育休を取得してくれました。子どもは生後4カ月から認可保育所に入り、私は常勤のまま働いて、現在も当直とオンコールをしています。

特別養子縁組を選んだのは、実親が育てられない子どもたちに対して、自分ができる範囲で何かをしたいと思ったからです。産婦人科医として働く中で、飛び込み分娩後に「育てられない」と乳児院に預けられる子どもを何人も見てきました。また、生まれた直後に公園やロッカーに遺棄されてしまう子もいます。日本は社会的養護といって、実親に育てられていない子どもが約4万人もいるのです。こうしたことを知る中で、自分にできることをしたいという思いもあり、特別養子縁組をさせてもらいました。実際に育ててみると、人を1人育てることがこれほど大変なのだ、と痛感しています。病院と家庭という2つの職場で2つの異なる仕事を抱え、そこを往復しているような感覚ですね。子どもを育て始めてから、街中を歩くお母さんやお父さんへの尊敬の念が強くなりました。

 佐藤 先生 :職場の人たちの理解を得ながら、ご夫婦で協力して子育てされているのですね。育児をしながら働く場合に、理想の職場像はありますか。

 柴田 先生 ︙医師として働きながら子育てすることを考えたら、ハード面では院内保育と病児保育は最低限絶対に必要ですね。今は平日の当直は免除してもらい、土日メインに当直しています。土日はパートナーがワンオペ育児で、平日は保育園に預けています。勤務先の病院は病児保育があるので、子どもに熱が出て民間の保育園に預けられないときに助かっています。うちの子は2週間に1回は必ず熱を出しているので、もしも病院に病児保育がなかったら、休んでばかりになってしまったと思います。

今の課題のひとつは「小学校1年生の壁」です。働く親にとって保育園は素晴らしい存在で、長時間預かってもらうことができます。それが小学校にあがったとたん、夏冬に長期休みがあったり平日は3時、4時に帰ってきたりなど、学童保育が少ない地域では仕事と子育ての両立は本当に大変だと感じています。

 佐藤 先生 :なるほど。実際に子育てをしてみないと、子育て中の医師が本当に必要とするサポートが何か分からないことも多そうです。

私は、教育にかける時間を業務時間内にしっかり確保できるような仕事密度の職場が理想です。今、定時で帰ろうと思うとどうしても学生への対応や初期研修医への対応、あるいは研究を削らざるを得なくなってしまいます。そうではなく、教育や研究にしっかり時間をかけられるように、仕事の密度をもう少し調整できるのが理想だと感じています。

 柴田 先生 ︙確かに、教育にしっかり時間を割ける体制作りは重要ですね。今、振り返ると初期研修医時代の充実した臨床教育のおかげで、医師としての基礎が固まったと感じます。臨床10年目、20年目の先生たちが、発熱時は血液培養を2セット取るといった教科書的な原則やベットサイドの診察を大切にしながら診療している背中を見て育ったことは、自分の医師として大きな財産です。経験を積んだ後に手順を端折ることはできても、最初から端折ってしまったら元に戻すことはできません。そのように考えると、医師としての土台を作る初期研修にはもっと人材と予算をしっかり分配するべきだと思います。

教育や研究にしっかり時間をかけたい 仕事の密度を調整したい

対談

 佐藤 先生 :今後のキャリアについてはどうお考えですか。

 柴田 先生 ︙今はスーパーウーマンがロールモデルになる時代ではないと感じています。私たちより上の世代の先生方は、血を吐くような努力をして道を切り開いてくださいました。そのおかげで今は、多くの女性が仕事とプライベートを両立できるような時代になってきています。これからは「自然体でも自分の本当に進みたいキャリアを選べるよ」と後輩たちには伝えていきたいですね。

 佐藤 先生 :私は、医師であってもさまざまなポートフォリオを持つ時代が来ると感じています。今までの医師のキャリアは、医学部を卒業したら医師として一本道で生きることがほとんどでした。しかし、柴田先生のように本を書いたり母になったり、これからは一人の人間の中にさまざまなポートフォリオがある時代になるのではないでしょうか。そう考えると、臨床もしっかりやりつつ、臨床だけではないようなポートフォリオ型のキャリアというのが主流になっていく予感がします。寿命も伸びていますし、20代後半に決めたキャリアで人生100年時代を過ごしていくのも難しいと思います。医師は医師のまま死ぬ時代から、医師をひとつのポートフォリオとして他の何かに重きを置くキャリアも出てくるでしょう。私も今にとらわれず、反対に先のことも深く考えすぎないで、その時その時で一番良いと感じるものをやっていけたらいいですね。

※ドクターズマガジン2024年1月号に掲載されました。

柴田 綾子、佐藤 佳澄

【Cross Talk】スペシャル対談:多様化する時代におけるキャリアの作り方<後編>

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