記事・インタビュー

2022.09.22

<押し売り書店>仲野堂 #04

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

#04
メルケル 世界一の宰相カティ・マートン(著)/ 倉田 幸信、森嶋 マリ (翻訳)/ 文藝春秋 発行
チャーチル イギリス現代史を転換させた一人の政治家 増補版河合 秀和 (著)/ 中央公論新書 発行
時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。和田 靜香 (著)/ 左右社 発行

まいどっ。今回は政治家の本って、ちょっと意外ですやろ?でも、三冊ともむっちゃおもろいんですわ。まず一冊目は、16年間にわたりドイツ連邦共和国の首相を務めたアンゲラ・メルケルの評伝『メルケル』を。

編集者さんからお送りいただいたのだが、けっこう分厚い。それにメルケルって地味そうやし、ドイツの政治のことなんかあんまり興味ないし、途中放棄必至と思いながら読み始めた。ところがどっこい、冒頭からぐいぐいと引き込まれ、一気に読んでしもた。これは作者の力量に負うところが大きい。ジャーナリスト出身だけあって、盛り上げ方がうまい。それに、ほとんど自らをさらけ出すことのなかったメルケルについて、実に丹念に取材している。

地味な理論物理学者だったメルケルが首相になったのは奇跡的な出来事である。東西ドイツの統一があのタイミングでなかったら、絶対にあり得なかった。自らを政治の道へと導き「お嬢さん」-もちろんドイツ語だから「メートヒェン」だ―と可愛がった首相、ヘルムート・コールを一気に切り捨てた決断力は恐ろしすぎる。

ブッシュとは早い段階で親交を結べたが、オバマとはしっくりいかなかったというのは少し意外だ。一方で、プーチンとは得意なロシア語で対話し、全く相いれないながらも、旧社会主義国出身という共通点からある種の理解を抱く。いやぁ、この本を読むだけで、プーチンというのがいかにひどい人物であるかがよく分かりますわ。

なによりすごいのは、ユーロ危機、ウクライナ情勢、難民問題、新型コロナなど、在任中に生じたいくつもの危機における的確な判断だ。結論を急がずに熟考して決断し、後は揺るがない。メルケルがいなければ、おそらくヨーロッパの姿は今より悪いものになっていたはずだ。もし現役だったならば、ウクライナ情勢は違ったものになっていたかもしれないと考える人は多いはずだ。

もう一つ感動したのは、その私生活である。質素なアパートに二人目の夫と住み、週末には近所のスーパーで買い物をして料理を作る。私生活は絶対に明かさず、なんと些細なプライバシーをうっかり漏らしただけで更迭された人さえいる。

いやぁ、びっくりせえへん? 小説でこんな女性首相が出てきたら、フィクションすぎてリアリズムがゼロですわ。

この人がいなければ世界は大きく違っていただろうという政治家の最右翼はなんといってもウィンストン・チャーチルだ。たくさん伝記が出ているのでどれがいいのか分からないのだが、読んだのは中公新書の『チャーチル-イギリス現代史を転換させた一人の政治家』である。こんなに紆余曲折があり、数多くの失敗を重ね、最後まで登り詰めた政治家はおらんだろう。平時ならば連合王国を率いることなどなかったかと思うと、東西ドイツの統一という時代の流れがメルケルを生んだのと重ね合わせてしまう。

三冊目は、メルケルやチャーチルに比べたら相当に小粒だが(スンマセン…)、勝手に贔屓にしている香川一区選出の立憲民主党衆議院議員・小川淳也へのインタビュー本『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』を挙げたい。相撲ライター(!)の和田靜香が、どすこい精神で鋭く迫る。

政治知識のない和田が繰り出す質問に、小川が誠実に、根気よく、そして時には涙を浮かべながら答えていく。この本に興味を持って、小川の政治活動を追ったドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を見た。そしてその真っすぐな政治姿勢に強く共感した。ちょっとしたご縁で和田さんとのトークショーを企画してもらった。小川淳也のことを聞けば聞くほど好きになり、立憲民主党代表選のときに開かれた青空対話集会に参加しにいった。【和田靜香の選挙日記番外編(11/25)】で検索してもらったら、その記録「行け行けおがじゅん、どんと行け!」を読めますので、ぜひ!

イデオロギー云々以前に、政治家は人間そのものが問われるべきだ。こんな愚直に正しい政治家に総理になってほしい。って、きっと無理やけど(スンマセン、アゲイン)。2021年の衆議院選挙を記録した映画『香川1区』、それから、和田靜香のルポ『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』もオススメだ。

どうでもええことですけど、『時給はいつも最低賃金』の帯に、仲野堂店主の「小川さん、嫌やったろうなぁ。こんなデスマッチ」というコメントが、なんと、小泉今日子さんの推薦文と並んで載っとりますねん。ふっふっふ、ちょっと自慢。

今月の押し売り本
メルケル 世界一の宰相

『メルケル 世界一の宰相』

  • カティ・マートン (著)、倉田 幸信、森嶋 マリ (翻訳) / 文藝春秋 発行
  • 寸法:14x3x19.5cm
  • 頁数:468ページ
  • 価格:2475円(税込)
  • 発刊:2021/11/25
今月の押し売り本
チャーチル―イギリス現代史を転換させた一人の政治家 増補版

『チャーチル―イギリス現代史を転換させた一人の政治家 増補版』

  • 河合 秀和(著)/ 中央公論新書 発行
  • 頁数:348ページ
  • 価格:1034円(税込)
  • 発刊:1998/1/25
今月の押し売り本
時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた

『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』

  • 和田 靜香(著)/ 左右社 発行
  • 寸法:12.9×2.1×18.8cm
  • 頁数:280ページ
  • 価格:1870円(税込)
  • 発刊:2021/9/7

仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2022年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #04

一覧へ戻る