記事・インタビュー

2022.08.26

<押し売り書店>仲野堂 #03

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

#03
がんは裏切る細胞である 進化生物学から治療戦略へアシーナ・アクティピス (著)梶山あゆみ(翻訳) / みすず書房 発行
ヒトはなぜ「がん」になるのか 進化が生んだ怪物キャット・アーニー(著)矢野真千子(翻訳)/ 河出書房新社 発行
がんー4000年の歴史ー上シッダールタ・ムカジー(著)田中 文(翻訳)/ 早川書房 発行

さぁ、今回は医学の王道、病の皇帝・がんをテーマにした本でおます。
どれもレベルが高くて分かりやすいという超オススメの3冊、気合い入れていきまっせぇ~。

「進化を考慮に入れない限り、がんに関わるいかなる生物学的現象も理解することはできない」この考えに基づいて書かれたのが『がんは裏切る細胞である 進化生物学から治療戦略へ』だ。原題は『The Cheating Cell, How Evolution Helps Us Understand and Treat Cancer』だから「だます細胞 がんを理解し治療するためにいかに進化論が役立つか」といったところか。

がんは、体細胞の遺伝子変異の蓄積による「進化」である。細胞分裂、より正しくはDNA複製に伴なう遺伝子の変異は生命が決して逃れることのできない現象だ。なので、がんの発生は多細胞体にとっての宿命である。そして、結果としてできたがん細胞は、多細胞体の生存における最重要事項である「細胞同士の協調」から逸脱していく。すなわち、正常な細胞を「だます」あるいは「裏切る」性質を持つようになってしまった細胞なのである。さらに悪いことに、その裏切り者細胞たちはお互い協調して、生命を脅威にさらすという厄介な性質まで有している。

がんゲノムの解析をはじめ、がん研究の進展はすさまじく、数多くの分子標的療法が開発されてきた。しかし、進化の観点からがん細胞の本質を理解すると、がん治療の本流である「がん細胞殲滅(せんめつ)」戦略だけが、果たして唯一の方法なのかという疑問が湧いてくる。そうではなくて、がん細胞をできるだけ手なずけながら共存する方法もあり得るのではないか。このように論が進められていく。

そんなことが可能なのかと思われるかもしれないが、すでにいくつかのエビデンスがある。また、がんゲノムの解析でそのメカニズムが明らかにできなかった最大の謎、がんの転移についても同様の発想に基づいたアプローチが適用できる可能性があるという。

内容はヒトのがんだけでなく、タスマニアデビルの「感染するがん細胞」や、サボテンの形状にまで及ぶ。これは、著者のアシーナ・アクティピスが、がんだけを専門にするのではなく、「種々の系における協力とコンフリクトの発生」をテーマにした研究者であるからこそだ。彼女のちょっと変わったバックグラウンドが、この本を非常に奥行きのあるものにしている。

2冊目はキャット・アーニーによる『ヒトはなぜ「がん」になるのか 進化が生んだ怪物』を紹介したい。こちらの原題は『Rebel Cell』なので、ずばり「裏切り者細胞」だ。内容は相当に高度だが非常に分かりやすい。それもそのはず、アーニーはケンブリッジ大学で、私も専門とするエピジェネティクスの研究で博士号を取得した後、英国の王立がん研究基金でサイエンスコミュニケーションに携わっていた元女性研究者なのである。

この本にも、すでに相当に治療法が進歩した現代、がん細胞を殺すという概念だけでは、もう大きな進歩が望めないのではないかということが書かれている。また、従来の薬剤に比較してわずかしか効果が高くない新薬に巨額の開発費を投じる意味があるのかといった疑義も呈されている。こういった慎重な姿勢がたまらなくよろしい。

共にがん細胞の「進化」がキーワードだが、アクティピスの本がやや概念的な話が盛り込まれているのに対して、アーニーの本はよりストレートにがんについて記載されている。最新データがてんこ盛りで、いずれも甲乙付け難い。がんを異なった側面から考え直すためには両方とも読んでみたい。

最後は、がんについては、これを読まずして何を読むという本、腫瘍内科医シッダールタ・ムカジーのピューリッツァー賞受賞作『がん— 4000年の歴史—上』を。文庫化前のタイトルは、原題『The Emperor of All Maladies A Biography of Cancer』の直訳で『病の皇帝 がんに挑む』だった。サブタイトルの「がんの伝記」が本の内容を実によく表している。

文句のつけようがない素晴らしい本なのだが、いかんせん、出版から10年以上がたった。その間のがん研究の進展についての本が欲しいなぁと待っていたところに、先の2冊が相次いで出版された。

むちゃくちゃうれしおますやないか。それに、どれも翻訳がごっつうようて、ほんまに読みやすいんですわ。ほら、どうです?3冊とも読まなあかんような気がしてきましたやろ?

今月の押し売り本

『がんは裏切る細胞である――進化生物学から治療戦略へ』

  • アシーナ・アクティピス(著)、梶山あゆみ(翻訳) / みすず書房 発行
  • 寸法‏:‎13.7×2.5×19.4cm
  • 頁数:312ページ
  • 価格:3520円(税込)
  • 発刊:2021年12月14日
今月の押し売り本

『ヒトはなぜ「がん」になるのか 進化が生んだ怪物』

  • キャット・アーニー (著)、矢野真千子(翻訳) / 河出書房新社 発行
  • 寸法:13.5×2.8×19.5cm
  • 頁数:360ページ
  • 価格:2475円(税込)
  • 発刊:2021年8月24日
今月の押し売り本

『がん‐4000年の歴史‐ 上 (ハヤカワ文庫NF)』

  • シッダールタ ムカジー(著)、田中 文(翻訳) / 早川書房 発行
  • 寸法:10.8x2x15.8cm
  • 頁数:512ページ
  • 価格:1012円(税込)
  • 発刊:2016年6月23日

仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2022年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #03

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