記事・インタビュー

2022.01.28

仲野徹センセイの座右の銘は銘々に Returns!リターンズ #12

大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹

#12 The sun'll come out tomorrow
Bet your bottom dollar that tomorrow
there'll be sun!
※ミュージカル Annie "Tomorrow" から

ロンドンで生まれて初めてのミュージカル『Annie』を見て、心底驚いた。世の中にこんなに面白いものがあるのかと。映画化されているし、翻訳されて日本人キャストで繰り返し上演されているのでご存じの方も多いだろう。大恐慌時代のニューヨークを舞台にした話である。主人公のアニーは孤児院の前に捨てられていた赤毛の女の子で、最後には大富豪の養女になる。ストーリー自体は吉本新喜劇みたいなものなのだが、なんせ、感動した。

オープニングの序曲、自分を捨てた両親に思いを寄せながらの『Maybe』、そして、毎日のつらさを笑い飛ばすように孤児たちと一緒に掃除をしながら『It’s the Hard Knock Life 』を踊って歌う。その後にアニーがひとりで歌い出すのが『Tomorrow』で、冒頭がこのフレーズだ。

「 明日になったらお日さまが昇る。最後の1ドルを、その太陽の出る明日に賭けよう」といったところだろうか。そして、「明日を考えると気分が晴れて、悲しいことだってなくなっていく。暗くて孤独な日には、顎をあげて微笑んで『明日になればお日さまが昇る。だから、明日までがんばろう』とつぶやくんだ」ときて、「Tomorrow, tomorrow, I love ya, tomorrow」と続く。なんと素晴らしいんだ。

念のために言っておくが、ミュージカルを見て聞き取れた訳ではない。そんな高度な英語力があれば苦労はしない。そのときは、ぼんやりとこういう意味だろうかと思っただけで、後でちゃんと調べて分かったという次第である。

かの『風と共に去りぬ』のラストシーンで、ヴィヴィアン・リー演ずるスカーレット・オハラがつぶやく「Tomorrow is another day.」も同じような意味だ。映画でその表情を見ると、希望を見いだしながらのセリフだと分かるのだが、言葉だけだと、どうしても「明日は明日の風が吹く」的なニュアンスがある。なので、アニーの方に軍配。なんといっても節をつけて明るく歌えるのがいい。

自分が楽観的なのか悲観的なのか、どうにもよく分からない。
基本的なところでは楽観的だと思うのだけれど、同時にやたらと心配性なのである。それに、その日の気分によっても違うし。これっておかしいんですかね? ただ、辛辣な名言をたくさん残している『トム・ソーヤーの冒険』の著者マーク・トウェインに「A pessimist is a well -informed optimist. 悲観主義者とは情報を十分に持った楽観主義者である」という言葉があって、これにはよく当てはまるような気がしている。

同じくマーク・トウェインは「48歳より若くて悲観主義であるのは物事を知りすぎて、それを過ぎても楽観主義であるのは物事を知らなすぎである」という言葉も残している。しかし、これには異議がある。なんのかんのと心配してきたが、その多くは実際には起こらなかった。だから、むしろ歳をとるにつれて、次第に楽観主義が強くなってきているような気がする。しかし、どうして境目が48歳なんでしょうね。よう分かりませんが。

もうひとつ、歳をとるにつれて次第に分かってきたのは、自分の力が及ばないことを心配しても時間がとられるし気を病むだけで、何も意味がないということ。早い話が、心配しても無駄、言い換えると損なのだ。と、理解していても、悲観的になりそうな日もある。
そういったときにこそ、この言葉が役に立つ。明日はきっといい日になると、顎をあげて笑いながら口ずさめばいい。

英国貴族にして科学ジャーナリストのマット・リドレーによる『繁栄-明日を切り拓くための人類10万年史』(ハヤカワ文庫NF)は一読に値する本だ。人類はさまざまな悲観論を抱いてきたが、そういった悲観的なことは結局起こらず、繁栄してきたではないか、だから「合理的楽観主義」が大事なのである、と説く。

なるほど、そう言われればそうだ。しかし、疑い深い情報過多の楽観主義者としては、歴史的にはそうだったけれど、それが続くとは限らないではないかと、悲観的に考えてしまう。社会だって個人だって同じようなことだろう。

昔、師匠である本庶佑先生に「仲野君、考えが甘いのと楽観的とは違うんや」とたしなめられて、ムッとしたことがある。しかし、よく考えるとその線引きは確かに難しい。うまくいかないときのことを考えて手を打っておくのが大事なこともある。そう考えると、悲観と楽観のバランスは意外と難しそうだ。でも、とりあえず明日がくるからええということにしておこう、というやや能天気な態度は、毎日を楽しく過ごすためにあらまほしいのではないかと思うのであります。

仲野 徹

大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2021年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

仲野徹センセイの座右の銘は銘々に Returns!リターンズ #12

一覧へ戻る