記事・インタビュー

大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹
#11 神よ
変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。※ニーバーの祈り(大木英夫訳)
ニーバーの祈り、あるいは、平静の祈りとして知られる言葉である。さぞかし昔からある言葉なのだろうと思っていたが、アメリカの神学者ラインホールド・ニーバーが語ったのは1943年らしいので、そう古いものではない。
最初にこの言葉を知ったのは、マイケル・J・フォックスの自伝『ラッキーマン』を読んだときである。と言っても、今ではその名前を知らない人が多いかもしれない。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で大人気を博したカナダ出身の映画俳優だ。
残念なことに1991年、30歳でパーキンソン病に。発病を隠しながら映画出演を続けていたが、2000年にいったん引退。そして2003年に出版されたのが、『ラッキーマン』である。「残念なことに」と書いたが、本人はそう考えてはいない。「ほんとうに大切なものを、ぼくは病気のおかげで手に入れた。だから、ぼくは自分をラッキーマンだと思うのだ。」というのがタイトルの由来なのだから。絶版になっているが、素晴らしい一冊だ。
1998年、不随意運動を抑えるため深部脳刺激療法の電極埋め込み術を終え、パーキンソン病であることの公表を決意したときのエピソードで、毎日のようにこの祈りを唱えてきたのだと明かされる。この三つの能力が備わっていれば確かにオールマイティーである。しかし、それが難しいからこそ、神に祈るということなのだろう。とはいえ、座右の銘に祈りというのはいまひとつしっくりこないかもしれない。私も祈っているわけではない。
大小さまざまな事柄について、打ち勝つために頑張るか、諦めて受け入れるかを決めなければならないことは多い。自慢じゃないが、諦めのいい方である。といえば聞こえはいいが、やや投げやりと言った方がいいかもしれない。だから、迷ったときは困難な方を選べ、とかいう教訓を聞くと尻込みしてしまう。
だって、いつも困難な方を選んでたらしんどくてしゃぁないやないですか。かといって必ずたやすい方を選ぶというわけでもない。困難かどうか、だけではなく、時間と労力がどれくらいかかるか、さらには、どれくらい楽しいかというファクターまで入れて、より「燃費」のいい方を選ぶことにしている。
基本的にそういう考えなので、どちらかというと、頑張るか受け入れるかを決めるときの閾値はやすき方、すなわち、ひょっとしたらできるかもしらんけど、しんどそうやからやめとこう、という方に流されやすい。そんなだから、この言葉が大事なのである。変えることができないという気がしているけれども、本当は変えることができるのではないか。熟考するときに、ニーバーの祈りを思い浮かべる。
この5月にあった大阪大学の総長選考の候補者となった。最後まで決めかねていたのだが、なんとか大学を変えたいと思ってのことだ。予想されたこととはいえ、あえなく敗退。もしかすると「変えることができる」かもと思ったけれど、やっぱり「変えることができない」と思い知らされたわけだ。でも、悔やんでいるかというと決してそのようなことはない。どぶ板活動ではなくて、ネットを使った活動はマスコミにも取り上げてもらえたし、小さいながらも大学改革に一石を投じることができたと考えている。
ひょっとしたら、「変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵」があり過ぎると、むしろ人生の面白さは減じられてしまうのかもしれませんな。「座右の銘として紹介しといてどっちやねん!」と言われそうですけど。
仲野 徹
大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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