記事・インタビュー

大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹
#09 人みなの よしといふとも われひとり よしと思わねば よしとは云わじ われひとり よしとおもわねど 人みなが よしとし言はば よしと思はむ(by 長谷川 如是閑)
なんとなく平安時代の歌みたいだが、閑明治から昭和にかけて活躍した言論人、長谷川如是の言葉である。ちょっと意味が読みとりにくいし、自分でもちゃんと理解できているかどうか自信がない。そんなやったら書くな!と言われそうだが、気に入っているのだから仕方がない。
マジョリティーと自分の意見が違うことがけっこうある。時には極端なこともある。1年ほど前だが、ある案件をめぐるメール委員会で投票がおこなわれた。60人くらいの投票者のうち、私一人だけがB案で、他が全員A案。ホンマですか……。案件の関係者からA案に誘導するような依頼があったとはいえ、いささか驚いた。
もっと驚いたのは、後日、まったく関係のない人から、「先生、勇気ありますね。一人だけ堂々と反対されたと評判になってます」と言われたこと。噂になっとるんや。
ホンマですか……、アゲイン。いやいや、まさか一人だけとは思わなかった訳で。もし、少しでもそんな状況を予測できていたら、私とてA案にしてましたがな。単に、空気が読めなかったっちゅうことですわ。しかし、こうやっていわれなき伝説、たとえば「仲野先生天邪鬼伝説」とか作られていくんでしょうな。
そう思われても仕方ない節がないでもない。「よし」をA案に当てはめれば、この長谷川如是閑の言葉のひとつめがそういう行為にあたるのだから。それに比べると、ふたつめのは少しわかりにくい。同じようなシチュエーションであっても、云いまではしないが、思いはしておこう、ということなのだ。
ちょっと解釈を悩むところなのだが、自分だけ意見が違う時は、他の人たちの考えによりそう必要がある、と説いているのではないかと思っている。君子のごとく「和して同ぜず」を勧めているのではないかと。ちゃうかもしらんけど。
他人と違った考えをしがちなのは科学者の性としていたしかたないのではないかと言い訳をしておきたい。ハンガリーが生んだ偉大な生化学者、ビタミンCの発見でノーベル賞に輝いたセント=ジェルジ・アルベルトは、「発見とは、誰もが見てきたことをじっくり見据えた上で、誰一人として考えつかなかったことを考えてみることである」との名言を残しているくらいだし。
ある知り合いはもっと徹底していて「朱に交われば青くなる」という示唆に富む言葉を作っておられる。「赤くなる」の誤植ではない、青だ。どうしてかというと、みんなが朱いからといって、同じように朱くしていたら、とんでもない状況に陥ってしまって青ざめるようになってしまうから。私とて付和雷同したくなることがある。しかし、そんな時はこの言葉を思い出し、後で青ざめることがなさそうかどうかをしっかりと見極めている。
皆と違うように考えたらどうですか、というような言葉はいくつもある。きっと、大事だけれど難しいからだろう。有名なのは、スティーブ・ジョブズによる「Think different.」というアップルのスローガンだ。1997年に作られたCMでは、アインシュタインやら、ジョン・レノンやら、すごいメンバーが映し出された。
まったくやらないから知識はないのだが、株式投資では「人の行く裏に道あり花の山」というのが有名らしい。逆張りの勧めである。この言葉には「いずれを行くも散らぬ間に行け」と続く。株式のみならず、研究者にとっての格言にも使えそうだ。
今回の言葉をどこで知ったかというと、出久根達郎の『出頭の102人 行蔵は我にあり』(文春新書、ただし絶版)の冒頭に紹介されていたからである。ここでいう「出頭」は、警察に捕まりに行くんじゃなくて、「他に抜きんでていること」(広辞苑)の意味。それから、タイトルの「行蔵は我にあり」は、もちろん勝海舟の名言「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」に由来する。
本の宣伝文句には「世の称賛も悪口も我関せず、自らの信ずる道を歩んだ、二十世紀の一〇二人。」とある。なるほど、如是閑の言葉がトップに置かれているのがわかるような気がする。出頭にはほど遠いけど、できるだけ自分の考えには忠実に生きていきたいですわな。
仲野 徹
大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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