記事・インタビュー

大阪大学 外科学講座 消化器外科学
井上 彬
留学先のMDアンダーソンがんセンターのラボで働き始めて1年がたち、日々悪戦苦闘しながらも、少しずつ研究の方向性が見えてきました。今回は、現在私が取り組んでいる基礎研究についてご紹介します。
● MDアンダーソンがんセンターについて

がん撲滅チャリティーイベントにて、がんセンター総長 Ronald A.DePinho先生と(左側が筆者)
MDアンダーソンがんセンターには、研究予算だけで年間7億8700万ドル以上(2016年度)の資金が効率的かつ大胆に注がれています。一部は地域のチャリティー活動や寄付金によって賄われ、米国ではがん医療をサポートする文化が自然と根付いていることに感銘を受けました。
2012年、MDアンダーソンがんセンターは、がんの撲滅へ向けて、壮大な研究プロジェクトを立ち上げました。これは、かつてNASA(航空宇宙局)が月面着陸を成功させたことにあやかり“Moon Shots Program”と呼ばれています。現在では、息子を脳腫瘍で亡くしたバイデン元副大統領により先導され、20種類以上のがんの撲滅へ向けた国家プロジェクトとして進行しています。
● From Bench to Bedside
私のラボは、Giulio Draetta教授が主宰する Department of Genomic Medicine で、がんセンターの中心地から少し離れた基礎研究施設にあります。主に、ゲノム編集技術を用いてがんの治療ターゲットを探索する研究に取り組んでいます。具体的には、レンチウイルス型のshRNAやCRISPR-Cas9ライブラリーを用いて、がんの進展に寄与する遺伝子を網羅的にスクリーニングしています。このスクリーニングの解析には、難解な統計学的アルゴリズムが必要で、同僚のComputational Biologistが手伝ってくれます。
Computational Biologistは、統計学的・数理学的に生物学を解析する研究者で、日本ではまだなじみが薄いかもしれませんが、こちらでは非常に充実しており、がんのビッグデータを扱う基礎研究では重要な役割を担います。私の研究テーマは、大腸がんの分子サブタイプごとにin vivoでスクリーニングを行い、大腸がんの新規治療ターゲットを同定することです。最終的には、大腸がん患者サンプル由来のPDX(Patientderived xenograft)モデルを用いて、同定したターゲットの治療効果を検証していく予定です。
ラボで得られた科学的知見は、隣接するIACS(Institute for Applied Cancer Science)という施設へと引き継がれ、創薬へ向けたさらなる開発へと切れ目のない橋渡しが行われます。実際、スクリーニングで同定されたターゲットをもとに最適な薬剤が開発され、ヒトでの臨床試験が行われています。基礎研究で得られた科学的知見が臨床へと応用されていく現場を目の当たりにし、非常に刺激を受けました。
広いオープンスペースのラボ内では、地位や立場に関係なく研究者同士が自由かつ対等に議論を楽しんでいます。世界から著明な研究者をラボに招待して、ビールやワインを飲みながら研究や人生について議論する機会もあり、おおらかな国だと思いました。
● インパクトのある研究を目指して
私のボスは、常に最新の医学研究にアンテナを張り、患者さんに応用できるインパクトのある研究をするにはどうすればよいか、長期的なビジョンに立って“Big Picture”を描いています。また、基礎や臨床を問わず、ラボ同士の垣根が非常に低いので、それぞれの得意分野を活かした共同研究が円滑に行われています。
そして、臨床応用する過程で、特許などの知的財産や利益を生む仕組みがあります。このことは、論文至上主義のシステムや短期間で論文成果を急ごうとする私の姿勢についても、再考する良い機会となりました。
● 帰国してからがスタート
留学生活も残り1年を切り、帰国後の方向性についても少しずつ考えるようになりました。外科医としての修練はやや遅れましたが、この留学経験を臨床医として今後どのように活かしていくか。生物学の基本原理を解明し、50年後、100年後に役立つような学術研究は非常に大事です。
しかし、臨床医である私が公共財産を利用して基礎研究する使命は、やはりできるだけ早く患者さんに還元できるものであるべきと考えるようになりました。臨床医としてようやくスタートラインに立たせてもらえるのは、帰国してからではないかと思います。
※ドクターズマガジン2017年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
米国留学奮闘記
井上 彬
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