記事・インタビュー
大阪大学 外科学講座 消化器外科学
井上 彬
皆様、初めまして。私は、2016年4月より米国テキサス州ヒューストンにあるMDアンダーソンがんセンターにて基礎研究で留学する機会をいただいています。渡米からあっという間に1年が過ぎました。この度、「ドクターズマガジン」から海外留学についての執筆の依頼があり、6回シリーズでお引き受けすることになりました。私個人の少ない経験ではありますが、この連載が海外留学について知る一助となれば幸いです。
● 海外留学の動機
医学生の時から、一度は海外留学をしてみたいと思っていました。日本から世界に飛び出してみると、多種多様な価値観を持った人や環境に実際に出会うことができ、視野が広がるのではないか?そんな環境に自分の身を置くことで、自分自身が医師としても人としても成長できるのではないか?という動機がきっかけでした。
その後、大阪大学消化器外科の大学院に進学し、臨床で感じていた疑問やがん医療の限界を、基礎研究によって解決しようとすることの重要性と醍醐味を教えられました。世界ではどのような方向性でがん研究が行われているのか?この頃には、私の中で海外留学が明確な決意になっていました。
インターネットが普及し、世界中の情報がいつでもどこでも効率的に得られる今の時代、海外留学の意義は薄らいでいるという意見もあります。さらに、外科医としての修練が遅れるとする見方もあるでしょう。しっかり目的意識を持っている人であれば、日本にいても海外にいても関係なく大きな成功を収めているのだと思います。ただ、私の場合は海外留学するなら「今しかない」という思いでした。幸いにも、理解のある上司や家族、職場環境が許される状況でしたので、最終的に海外留学することができました。
● 留学先を探す
私は大学院時代に、主に大腸がんのMicroRNAについて研究していました。最初の1年は遅々として研究が進まなかったものの、上司の指導や先輩・同期に助けられ、ようやく学位のめどが付いた頃、指導教授の許可を得られたので、留学先を探し始めました。
早速、興味深い研究をしている欧米ラボの医学論文を読んだり、インターネット上のポスドク求人情報を調べました。さらに、国際学会などで海外からの招聘演者に直接会いに行き、受け入れをお願いしたことも何度かありました。そして、CV(履歴書)を添付して手当たり次第にメールを送りました。あまりやったことがないような実験手技や技術も「何でもやります」とアピールしました。40通ほど送りましたが、返事があったのは5通だけでした。これは当然の結果で、コネも業績もない私を簡単に受け入れてくれるはずはありません。しかし幸運なことに、ポスドクでの有給採用を検討していただけるという一通の返信がありました。結局、ラボを実際に見学することなく、また正式なインタビューなどもなく、ボスが別件で来日された時に簡単な挨拶をしただけで、とんとん拍子に採用が決まりました。
大阪大学消化器外科という組織、そして推薦していただいた指導教授や上司・先輩のお陰であることはいうまでもありません。また、こんな私を快く受け入れてくれた留学先のボスの懐の深さには本当に感謝しています。今から思えば、かなりリスクの高いイレギュラーな留学先の探し方だったと思います。
● いざ、渡米
渡米準備には予想以上に時間がかかりました。必要なワクチンの追加接種から始まり、米国総領事館へのVISA申請、DS-2019(米国滞在許可証)、そして最も大事なのが現地での医療保険の加入でした。日本とは異なる海外の事務とのやり取りには、とにかく時間がかかりました。また、海外留学助成金の獲得は重要課題ですが、そもそも留学先が正式に決定していないと申請すらできないものも多く、もう少し計画的に準備を進めるべきだったと反省しています。
渡米前の1 ヶ月は、慌ただしく月日が過ぎ去り、あっという間に出発当日の朝を迎えました。飛行機が離陸する瞬間、少しの不安と高鳴る期待が交ざり、飛行機のエンジン音とともにそれが増幅されていく不思議な感覚でした。これから海外留学が始まるのだという思いと、これまでにお世話になった方々や家族の顔が自然と浮かび、深い感謝の気持ちで満ちあふれていました。
※ドクターズマガジン2017年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
米国留学奮闘記
井上 彬
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