記事・インタビュー
大阪大学 外科学講座 消化器外科学
井上 彬
海外留学の大きな意義の一つは、異なる文化や価値観を持った人と活発に交流し、視野を大きく広げることだと考えています。第3回では、私が所属するラボの研究仲間との交流についてご紹介します。
● 英語でのディスカッションに悪戦苦闘
ラボ内には日本人がいないため、当然コミュニケーションは英語になります。ラボで働き始めの数ヶ月は、英語でのディスカッションに悪戦苦闘する毎日でした。ミーティングで発言をしないと「やる気が無い、理解していない無能な人」だと酷評されてしまいます。こちらで話される“生きた英語”と“日本の受験英語”との違いに愕然とさせられました。ラボのメンバーの出身国は、イタリア、イラン、トルコ、ドイツ、インド、中国と国際色豊かで、むしろ米国は少数派です。それぞれが独特の発音とアクセントで英語を話すので、慣れるまでに時間がかかりました。彼らのプレゼンは目を見張るほど上手で、細かい発音やアクセントなどを気にせず、英語を自分のものにして堂々と話しています。
半年ほどでようやく耳が慣れ、流ちょうで正しい英語を話すことを諦めて、積極的に議論の中心に入っていくように心掛け、徐々にラボのメンバーとも打ち解けることができました。
1年も経過すると、英語での意思疎通に関しては、それほど不自由はなくなりました。しかし、同時に、私自身の知識やアイデア不足を痛感させられました。英語で話すのは当然で、その上で独創的なアイデアや明確なビジョンを持っているのかが問われている、と改めて実感しました。
● 生涯にわたる良き仲間との出会い
ラボには、多様なバックグラウンドを持った研究者が集まっています。しかし、サイエンスに基づいた思考回路は共通ですし、同じ目的意識を持ってがん研究をしているので、実際に話してみるとそれほど違いがないように思います。ラボには、私のようなMDは少数で、生粋のPhDが本気で基礎研究に取り組んでいます。彼らのアイデアと知識は非常に豊富で、その自由な発想にはいつも圧倒されます。そして、細かい実験データは気にせず、一連のストーリーを重視しています。ボスの指示待ちではなく、自ら考え実行していることも彼らの強みだといえます。一方で、日本人が得意とするハードワークや実験の緻密さに欠ける部分も見受けられ、やや大雑把でルーズな一面も持ち合わせているような印象を受けます。実際、私の実験データの質を買われ、実験を頼まれることもあります。
週末には、メンバーと食事に出掛けたり、スポーツを楽しんだりする時間もあります。日本の自動車やテクノロジー、アニメ文化などはこちらでも非常に有名で、日本人としては誇らしく、大いに話が盛り上がります。
● 「Call me Giulio」
私のボスは、細胞分子腫瘍学の世界的権威であり、大手製薬メーカーのアドバイザーも多数務めています。初日に、ボスから「Call me Giulio」と下の名前で親しく呼ぶように言われ驚きました。世界中を飛び回るボスですが、定期的に私と一対一で議論する時間を取り、私の拙い意見にもしっかり耳を傾けてくれます。毎週のミーティングでは、普段穏やかなボスが物事の本質を突くような厳しい指導を行うのを目の当たりにして、まさにこういう人がサイエンスを前進させているのだと実感します。セミナーや最新論文を通じて、常に医学知識をアップデートし、その学ぶ姿勢にも刺激を受けます。研究実績もさることながら、人間的にも超一流のボスに出会えたことは、私に大きな影響を与えてくれました。
● ワークライフバランス
私のラボでは、朝早くから遅くまで働く人は少ないです。効率的に仕事を済ませ、土日もきっちり休み、夏休みは当然のように1 ヶ月以上取ります。また、日本では職場を中心に生活が動いていたように思いますが、こちらでは家族との時間を大切にしているような印象を受けます。文化の違いですが、これはこれで見習う部分もあるのかと思います。
とはいえ、私には2年間という限られた時間しかありませんし、施設内での大きな研究発表も控えています。あまりゆっくりはしていられません。
※ドクターズマガジン2017年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
››› 第4話へ続く 「MDアンダーソンがんセンターと基礎研究について」
米国留学奮闘記
井上 彬
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