記事・インタビュー
大阪大学 外科学講座 消化器外科学
井上 彬
基礎研究で米国に留学し、日本を外から客観的に見つめ直す良いきっかけになりました。第5回では、基礎医学研究における日米の根本的な違いについて、私の体験をご紹介します。
● 多様性と資金力
米国で基礎医学研究に従事していて感じるのは、多様性と資金力があることです。私が所属するMDアンダーソンがんセンターには、多様なバックグラウンドを持った人材が働いています。日本人は、短期間の留学経験を積んで帰国するパターンが多いですが、中国やインド系出身者の中には、米国に移住するためのきっかけとして研究職を選び、研究ビザ(J1ビザ)を取得する人も多く、その勢いに圧倒されます。また、良い研究成果が正当に評価される実力主義社会でもあります。
基礎医学研究で成功を収めた私のボスはイタリア人で、日本では考えられないような好待遇のポジションに就いています。いったん要職に就いてしまえば、あとはコネクションで物事が進展していくような側面もあると感じます。
● ラボの運営
私が所属するラボの運営は、効率的に分業化されています。研究は、大学院生、ポスドク、インストラクター、そしてボス(教授)が中心となって進めています。一方、研究をサポートする体制が整っており、物品管理を担当するラボマネジャー、グラント書類を作成するScientificマネジャー、テクニシャン、研究秘書、事務秘書、動物世話アシスタントなど、豊富な人材が働いています。
日本では当たり前にやっていた物品の滅菌操作、掃除やゴミ出しなどは、専属の滅菌・清掃員に全て任せています。また、米国に拠点を置く試薬・機器メーカーの物流システムが整備されているため、試薬をオーダーしてから届くまでが早く、研究だけに集中できる環境が用意されています。
● 学術研究がビジネスに
近年の学術研究には、莫大な資金と人材が必要となった結果、研究資金を集めるための研究にならざるを得ない側面もあります。つまり、業績を積み上げるための論文成果や利益につながるような特許取得が最優先されているのです。いわば、学術研究が出世やビジネスとして利用されている可能性もあり、もはや患者応用の視点や純粋な学問的好奇心はなく、実験の再現性や信頼性が損なわれているのではないかという危機感が広がっています。ポスドクなどの若手研究者は、限られた研究資金やポストを勝ち取るために、良い実験データや論文成果を常に要求される環境に置かれていることも問題となっています。
ワシントンD.C.で開催された米国癌学会は、参加費だけで5万円以上です。宿泊や渡航費に15万円以上もかかりました。学術研究というのは、基本的にお金に余裕がある富裕層しかできないのではないかと考えさせられました。
● 米国のPh.D.システム
米国のPh.D.取得システムは、日本の博士号のシステムとは大きく異なります。大学院生は、1年目に3つほどのラボを3 ~ 4ヶ月ずつローテーションします。それぞれのラボの実情を知った上で、気に入ったラボのボスと面談し採用されます。日本の大学院生は授業料を支払いますが、米国ではラボから給与をもらって研究をしています。
審査過程も異なっており、米国ではプロポーサル試験といって、自分の研究テーマの進捗を、ラボ内外の主査・副査に定期的に発表しなければなりません。2年目の終わりに口頭と筆記の試験があり、それに合格してようやく「Ph.D.Candidate」になることができます。あくまでも候補者です。最終的には、Defenceという口頭試験をパスする必要があります。これは日本でいう学位審査会にあたり、自らの研究内容を5 ~ 6人の審査員(教授)の前で発表し、厳しい質疑に対してDefenceできるかどうかが試されます。博士号取得には4 ~ 6年はかかり、全員が取得できる訳ではありません。
筆頭著者の論文が学術誌にアクセプトされていること、そして社会で幅広く活躍できる人材かどうかを厳しく審査されます。やや偏狭で“タコツボ型”とも称される日本の大学院教育とは違い、米国のPh.D.の質は高いとみなされており、その後のキャリアや就職にも有利に働くようです。
日米それぞれに良し悪しがあり、また米国の良いシステムが必ずしも日本で機能するかどうかも考えるべきだと思いました。
※ドクターズマガジン2017年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
米国留学奮闘記
井上 彬
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