記事・インタビュー
国立研究開発法人 国立成育医療研究センター 院長
笠原 群生
1989年11月13日、旧島根医科大学の永末直文助教授(当時)が先天性胆道閉鎖症による末期肝硬変の1歳児に対して父親の肝臓の一部を移植したのが、本邦初の生体肝移植であった。ニュースでそれを知った私は「こんなことができるんだ。この人たちは同じ人間なのか?」と驚愕するとともに、術後経過を真摯に説明する医師団の姿に大変感銘を受けた。それ以来、肝移植医療は私の憧れになった。
名前の通り群馬で生まれ育った私は、母校の外科学教室に入局した。卒後4年目の1996年に同校でも肝移植医療開始が掲げられ、私は一番に手を挙げて生体肝移植施設として国内のトップリーダーであった京都大学移植外科で勉強する機会を得た。患者さんは子どもが多く、全国から京都大学に移植医療を目的として集まっていた。一般外科出身の私は小児採血やライン確保がとても難しく、たくさんの子どもたちを泣かせてしまった。今でも反省している。
初めて見た生体肝移植手術は消化管・肝胆膵・血管外科・マイクロサージャリーなどの高難度外科手術の粋を集めた術式で、おまけにひっくり返るほど手術が上手な外科医揃いで、私は夢中になって鈎引きをしながら学んだ。京都大学には10年間在籍し、血液型不適合移植・成人生体肝移植への適応拡大・免疫抑制剤離脱・脳死肝移植・ドミノ移植・小腸移植など、末期臓器不全に対する先輩たちのたゆまぬ挑戦を間近で見続けた。現在は大学や基幹病院の学長・教授・外科部長として活躍されている元同僚や先輩外科医も、当時一様に合宿生活をしていた。現在は医師の働き方改革、労働条件整備に向けて世情が動いているが、20年ほど前は時間外労働、滅私奉公、無休(給)でひたすら患者さんのために奮闘努力することは当たり前であった。愚直に努力していた証しであることは紛れもない事実であるが、もう一度レジデントをやり直せと言われたら躊躇するだろう。ただ尊敬できる上司や同僚に出会え、生来飽きっぽい人間だった私が粉骨砕身、患者さんのために努力する素晴らしさを学び得たことは、現在の礎になっている。
2005年に旧国立成育医療センター(現・国立成育医療研究センター)に移植免疫診療科医長として赴任した。小児・周産期医療に特化した病院であるためか豪放磊落(らいらく)な成人の外科医の世界とはずいぶん異なり、優しく穏やかな職員が多かった。今でこそ移植症例数、生存率共に国内外において移植医療を牽引する立場になり得たが、当時院内でたった一人の移植外科医として新しく肝移植プログラムを立ち上げることは、決してたやすい道のりではなかった。赴任早々、肝移植候補の患者さんご家族との面談があった。移植コーディネーターと作成したパンフレットを使い、想定した移植日程に沿って一生懸命説明したが、最終的に別施設での肝移植を希望された。患者さんに真摯に向き合い、移植医療に邁進してきた自負があった当時の私にとって、自分が大切にしてきた「何か」を失ったようで、大変衝撃的で、悲しく苦い経験だった。そして生意気な外科医だった私は(今でもそうかもしれないが)、苦悩した末に、一つの思いにたどり着いた。「失った何かとは、患者さんにとってはどうでもいい、私のプライドではないのか?」。最終的な判断をするのは患者さんである。こんな簡単なことに気付かず苦悩していた私は、患者さんにとって当たり前のことが「何か」を少しずつ理解できるようになったのかもしれない。
このエピソードは、私の医療に向き合う姿勢を変える分水嶺になった。守るべきものは私のプライドではなく、重症疾患の子どもたちの命を救えるよう、移植医療に邁進する使命を果たすことであると、原点回帰した。そして患者さんや家族の決断に対し、一人の人間としてその思いを理解するよう努めた。以来、「それは患者さんにとって有益か」「自分が謙虚さを失っていないか」の2点を必ず反芻して生きている。この姿勢は医師として間違いではないと思う。生来飽きっぽい性格の私が、23歳のときにニュースで魅せられた夢の移植医療に従事し、やり続けていられることを、今はとても光栄に思っている。夜間や休日の緊急手術も避けられない移植外科医の労務環境改善が望まれるが、どれほど多忙な状況でも謙虚に医療に向き合い努力する姿勢は、医師の矜持として生涯忘れずにいたい。
笠原 群生かさはら・むれお
1992年群馬大学卒業。1996年京都大学移植外科に入局し、2002年英国キングスカレッジに留学、京都大学移植外科を経て2005年国立成育医療センターに移る。2011年同センター臓器移植センター長、2022年院長に就任。日本の肝臓移植手術を率いて、小児の難症例において1500症例超えの移植を執刀。日本のみならず海外でも手術指導を多数行っている。2019年10月号「ドクターの肖像」に登場。
※ドクターズマガジン2022年12号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
笠原 群生
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